大人の土下座
○室内
室外からの光が遮られた室内。
男女の声「お願いします!」
土下座をするスーツ姿の男女。
土下座の相手は足元しか映らない。
相手の足元はジーンズにスニーカー。
先頭で土下座をしている阿久津孝(45歳)が頭を上げる。
阿久津「我々、一同が責任をもって約束します。後は、我々が指示する通りに動いて発言してくれるだけでいい、お願いします!」
後ろの男女「お願いします!」
一同が土下座する。
相手の声「でも・・・、そんなことをしたら僕は」
阿久津「お母さん、一番心配なのは、お母さんのことでしょう?大丈夫、大丈夫ですよ、お母さんが亡くなるまで、責任を持って生活を保障します、マンションも生活費も、満足できるものを用意する、いや、用意させて下さい!」
相手の声「でも、弁護人も、このまま裁判を続ければ、僕は無罪だって」
阿久津「そこを、よく考えて下さい、仮に無罪になったとしても、この騒ぎの後で、普通の生活ができると思いますか?今のあなたを採用する会社が?きちんとした条件で再就職ができると?」
相手の声「いや、待って下さいよ、それは私を間違って逮捕した、そちらの責任でしょう?」
阿久津が土下座をする。
阿久津「すみません!」
後ろの男女が「申し訳ございません」と各自で土下座する。
阿久津「本当に失礼だとは承知しています。しかし、この提案は、我々ができる最大限のお詫びでもあるんです。私たちが用意した通りに、ふるまってもらえれば、一生の生活を保障します。もちろん、裁判も、可能な限り軽い判決になります、補償します、今の我々ができる限りの誠意なんです」
相手の声「でも、それで僕はやってもない事件の犯人になるわけでしょう?」
阿久津「本当に申し訳ございません!しかし警察内部で話を通すために、どうしても、そこだけは譲れない点なんです。もし、この提案が呑んでもらえなければ、普通に裁判を進めることになります、我々警察もメンツがかかってます、たとえ無罪になると分かっていても、最高裁まで戦うでしょう。そうなると結審まで何年、何十年もかかってしまうんですよ、賠償請求の裁判が起こせるのは、その後。賠償金がもらえる頃には、もう・・・」
相手の声「提案を呑んだら・・・」
阿久津「もちろん!お母さんの生活は、すぐにでも保障します。刑期だって短くすむように配慮しますから」
相手の声「でも、後から真犯人が名乗り出てきたら、その時は・・・」
阿久津「大丈夫です!あなたが犯人だと決着がつけば、後から真犯人が出てきても、模倣犯、愉快犯と言い切ればいいんですから」
相手の声「ふ〜ん」
阿久津「どうですか!お願いします!日本の警察を助けると思って、是非、お願いします!」
一同「お願いします!」
全員が土下座をする。
相手の声「ちょっと聞かせてもらえますか?どういうことをすればいいのか」
阿久津「ありがとうございます!」
一同「ありがとうございます!」
全員が土下座をする。
阿久津が立ち上がる。
一同も立ち上がる。
阿久津「では、あちらの部屋でスタッフが、この後の手順を詳しく説明しますので、あちらへ」
一同が慌ただしく動き始める。
○屋外/喫煙所(昼)
阿久津たちがタバコを吸っている。
阿久津「あいつが折れて、本当に助かったよ」
部下A「阿久津、総監賞取れるんじゃないですか?」
部下B「警察のメンツを守ったんですからね」
阿久津がニヤリと笑って、煙を吐く。
阿久津「取り調べ、頼むぞ、途中で、あいつにグダグダ言わすなよ」
部下A「生かさず、殺さず、うまいことやりますよ」
阿久津「正直な話、自殺でもして、墓まで秘密、持ってってくれたらベストなんだけどな」
部下B「阿久津さん、今、極悪人の顔してる」
一同が笑う。