とんち裁判
○裁判所/法廷内(昼)
裁判が行われている。
傍聴席は満席。
証人席で柏木陽輝(56歳)が証言をしている。
陽輝は裕福な人物と分かる身なり。
陽輝「あれは息子の仕業ではありません、息子は本当は根の優しい奴なんです」
柏木聖徒(25歳)が、貧乏揺すりをしながら、証言に興味なさげな態度で被告人席に座っている。
弁護人・高橋功一(43歳)が陽輝に話しかける。
高橋「では、誰の仕業だとお考えですか?」
陽輝「聖徒は、中学生の頃から、悪霊に魂を乗り移られているんです」
裁判官(54歳)が声を出す。
裁判官「悪霊?」
傍聴席がザワつく。
高橋「今も、悪霊は被告人の魂に?」
陽輝「いえ、突然、前に出てくるんです」
高橋「悪霊が出てきた被告人は、どういう状態に?」
陽輝「手当たり次第にモノを投げつけたり、周りの人を傷つけたり、そして悪霊が奥にひっこむと何も覚えてない」
高橋「つまり、被告人は悪霊の命令に逆らえずに従っているだけある、と」
陽輝「はい」
高橋「裁判長、今回の連続殺傷事件は、被告人の意思によるものではありません、つまり被告人に責任能力はないといえるのではないでしょうか」
傍聴席から失笑が漏れる。
検事・香西哲夫(38歳)が声を出す。
香西「その悪霊とかいうのも、被告人の人格ですよね?だったら被告人を刑罰に問うことができるでしょう」
高橋「いえ、被告人は命令に従っているだけです」
香西「は?」
香西が呆気にとられた表情。
高橋「いいですか?広島に原爆が落とされましたよね、この事実を裁く時、最も罪の重い人物は誰になりますか?B29を操縦した人?爆弾を落下した人?B29に積み込んだ人?違いますよね、作戦を考えて、命令した人でしょう?つまり、本当の犯罪者は被告人に命令をした悪霊なんです!」
香西は呆気にとられた表情のまま答える。
香西「あなたがいうように、本当に悪霊がいるんだったら、悪霊を裁きましょうよ。悪霊を法廷に連れてくることができるんですか?」
聖徒は興味なさげに高橋と香西のやりとりを見ている。
高橋が陽輝の方を見る。
陽輝が頷く。
高橋「次回の法廷まで時間をいただけますか?準備をします」
○車内(昼)
走行中の車内。
運転手付きの高級車。
奥の席に陽輝と高橋が並んで座っている。
陽輝「一球さんの虎退治か」
高橋「費用はかかりますが・・・」
陽輝「大丈夫、頼むよ」
高橋「では虎の準備を」
○裁判所/法廷内(昼)
前回と同様の雰囲気の中で裁判が行われている。
高橋「では、今回は証人として、テレビでも有名な霊能者・大原ゆりさんにお越しいただいています」
証人席に大原ゆり(29歳)が座っている。
高橋「被告人に取り憑いている悪霊を、彼女の体に憑衣させます」
傍聴席がザワつく。
香西「証拠として採用するんですか?」
高橋「証人の霊能力は多くの信者によって事実として受け止められています、証拠として絶対的な自信があります」
裁判長「では、どういうものか、見せてください」
大原が深呼吸を始める。
大原は呼吸が徐々に荒くなり、苦しげなシャガレ声で話し始める。
大原「俺をこの男から離すな」
高橋「あなたは誰ですか?」
大原「平家」
高橋「平家?」
大原「平家、我の名は平盛道」
高橋が証人席の陽輝を見る。
陽輝「柏木家の実家がある村には、平家の落ち武者伝説があります」
高橋「あんた、平家の落ち武者?」
大原「憎い、この世が憎い、我の手で全てを壊してしまいたい」
興味なさげだった聖徒が、大原の方を面白そうに見ている。
香西「はいはい、悪霊を外に出したくれたわけだ。だったら、その証人を被告人として裁判を続けましょう」
高橋「なにを言ってるんですか」
香西「悪霊を裁けと言ったのは、そちらでしょう」
大原が「今、目が覚めた」という表情になる。
大原「ふぅ」
香西「悪霊は?」
大原「私の体から抜けました」
香西「被告人に戻った?」
高橋と陽輝が大原を睨む。
大原が首を傾げる。
香西が裁判官に話しかける。
香西「被告人には危険な悪霊が宿ってるわけですから、最低でも無期限の管理下におくべきではないでしょうか?」
陽輝の様子がおかしくなる。
陽輝がシャガレ声で話し始める。
陽輝「あいつとこいつの体を行ったり来たりしてやる」
高橋が慌てて裁判長に話しかける。
高橋「裁判長、少なくとも今、悪霊は被告人の体にいない、ということは被告人は無罪ではないでしょうか。(陽輝を指さしながら)ただ、この悪霊は、常に証人に取り憑いているわけではないと言ってます、ですから証人も罪を問うことはできないハズです」
傍聴席から失笑が漏れる。
香西が呆れたという表情をしている。
香西「裁判長、被告人たちに、全く反省の色が見えません、極刑をお願いします」
聖徒が手を天井を指さして叫ぶ。
聖徒「チェックメイト!」