蘇る魂
○山中(昼)
草木の茂る山中。
麻で編まれた素朴で汚れた服を着た男の子(7歳)と官吏の制服を着た納子(男性・21歳)が歩いている。
納子「まだ歩くのか?」
男の子「もうすぐ」
テロップ「古代日本」
男の子が茂みの方を指さす。
男の子「あの先に」
納子が前を歩く男の子の首に手をかけえて、羽交い締めにする。
男の子がバタバタと手を動かす。
男の子「あー!」
叫び続ける男の声が森に響く。
納子「出てこい、長の者、顔を出せ」
少しの間があり、森の奥から長(男性・41歳)が歩いてくる。
長はボロボロの官吏の服を着ている。
長は右肘から先がない。
長の後から集落の男女、30名ほどが出てくる。
男女は頭に傷のある者、片目の者、鼻のない者、足を引きずり杖をついている者など肉体に欠損を持つ者が多い。
粗末な手製の服を着ている者もいれば、ボロボロになった官吏の服を着ている者もいる。
刀のような武器を持っている者もいる。
納子が集落の者たちに向かって叫ぶ。
納子「バカなマネはするなよ、コイツがどうなってもしらんぞ」
男の子が体をねじらせる。
長が納子をじっと見る。
長「なにしに来た?」
納子「流れ者か?」
長「ここへ来てからは、しばらく経つ」
納子「台帳には載ってないな」
長「載せるつもりか?」
納子は答えない。
長「その子はくれてやる、俺たちは、すぐに出ていく」
男の子の気が抜ける。
納子が長をじっと見る。
納子「盗人か?見つかりたくないんだな」
長「勝手にしろ」
長が振り返ろうとする。
納子「待て」
長の動きが止まる。
納子「捕まえるのは、俺の仕事じゃない、稲役だからな。台帳に載せないかわりに取引をしないか?」
長「取引?」
納子「山の食い物を出せ、お前たちのことは黙っておく」
長「朝廷へは」
納子「俺が食えるだけでいい」
長が納子を見る。
長「その子を離してもらおうか」
納子「後ろの奴らに武器を置くように言え」
長が振り返り、仲間たちに武器を置くよう合図をする。
仲間たちが武器を置く。
納子が男の子を離す。
男の子が母親の元へ走っていく。
長が微笑む。
納子が微笑む。
○森の中(昼)
長の仲間たちが麻袋に食料を詰めている。
長と納子が、その様子を見ている。
長「台帳に載せて、朝廷への貢ぎ物にすれば、手柄の一つにもなるだろうに」
納子「大王と深い縁もない小役人が、頑張ったところでタカが知れてる」
長「まぁ、そういう生き方もあるな」
納子「盗人の頭領に何がわかる」
納子が長のボロボロの官吏服を引っ張る。
納子「どこの臣の家に入った?見つかったら只じゃすまないぞ」
長が鼻で笑う。
納子「乱の後にくすたか?」
長の仲間が荷物の詰まった麻袋を長に渡す。
長が納子に手渡す。
納子「よし。(男の子を見て)あの子、麓の村人たちの間で噂になってるぞ。山から降りるなってキツく言っておけ、俺みたい奴に跡をつけられるぞ」
長「それで来たのか」
納子「安心しろ、約束は守る、誰にも言わない。その代わり、旨いもの用意しといてくれ、また来るから」
納子が袋をかついで山を降りていく。
○森の中
夏の日差し。
納子と長が話をしている。
○森の中
紅葉。
納子と長が話をしている。
○森の中
寒々しい空。
納子が山道を歩いている。
遠くから長の呼ぶ声が聞こえる。
長「おい」
納子が長の方を見て手を挙げる。
納子が長たちの待つ場所に合流する。
長「今回は早かったな。渡せるだけの土産は揃ってないぞ」
長は少しだけ土産の入った麻袋を納子に渡す。
納子「話がある」
長「どうした?」
納子「春にこの辺りを治める国司が変わるそうだ。新しい国司は山狩りをかけて盗賊や山の民を山から追い出すつもりらしい、ここから去る準備をしておけ」
長「わざわざ。それを?」
納子が麻袋を顔の位置まで上げて微笑む。
納子「礼だよ」
長「お前は、どうなる?」
納子「別の場所に所替えだろう」
長が納子をじっと見る。
納子「どうした?」
長「出世をする気はないか?」
納子「できるんだったら、とっくにしてる」
長「言う通りに芝居をするだけでいい。臣になるのも夢ではないぞ」
納子「盗賊が偉そうなこと」
長が般若心経を唱え始める。
納子「何だ、それは?」
長「まずは、これを覚えるんだ。覚えたら、役所に戻って唱えろ、あらゆる場で。必ず宮中から声がかかる」
長が再び般若心経を唱え始める。
納子「待て、だから、それは何なんだ?」
長「経、仏に供える言葉だ」
納子「仏?」
長「我々をお守り下さる方。まだ我が国には伝わったばかりだが、随の国は仏を敬うことで繁栄したそうだ」
納子「随の国・・・、お前が、どうして、そんなことを?」
長「とにかくやってみろ。宮中は、今、仏の力を我が国に呼びたいと考えている者たちがいる、仏のことを知る者なら重用される」
納子「声をかけられて、どうすればいい?宮中に上がったところで、俺は何もできんぞ」
長「こう言うんだ、「宮中に上がる前に仏を祈る時間をください」。そして、ここに来い。声をかけてきた相手を教えてもらえれば、次の手だてを授ける」
納子「仏だの、経だの、何のことだか、さっぱり分からん」
長が般若心経を唱え始める。
長を見ている納子が、長の口真似を始める。
○森の中
ところどころに雪が積もっている。
納子が走りながら山道を登っている。
納子「長、長はいるか!」
納子が大きな声で長を呼ぶ。
長たちが現れる。
納子「呼ばれたぞ、宮中へ、どうすればいい」
長「お前を呼んだのは誰だ?」
納子「庇矢皇子の使いが来た」
長「庇矢皇子・・・」
長が仲間たちと小声で話をする。
納子が長たちの様子を見ている。
長「経を唱えた後、庇矢皇子にこう伝える「緑勾玉と鳥様の刀を仏に供えよ」」
納子「すると、どうなる?」
長「皇子がお前を見る目が変わる」
納子「なぜ?」
長「皇子が、その玉と刀を持っていることは限られた者だけが知る話だからだ」
納子が腕組みをして、考えごとをする。
長「庇矢皇子から信頼を得た後、大臣の職を求めろ。叶えられるぞ」
納子「お前たち、盗人じゃないな」
長の後ろの男たちが、長を守るように前へ出てくる。
納子「心配するな、言われた通りに振る舞う。その前に教えてくれ、お前たち何者だ?」
長「欲に溺れた亡者たちが宮中を汚し、朝廷に諍いをもたらす。(仲間の男を指さして)先の乱で守部氏に都を逐われた高津大臣、(別の男を指さして)その前の乱で一族を失った山城兄弟、本来なら彼らも大臣となるべき者、(仲間たちを見ながら)皆、宮中や朝廷に仕えていた者たちだ、都の中のことだけではなく、随や高麗の文化や技術にも詳しい」
仲間の者たちが長にひざまづいて頭を下げる。
納子「諍い事で都を逐われたのか。(長を見つめて)そんな者たちの上に立てる長ということは・・・」
長「こちらのことは良い。大臣になる、それだけを考えろ」
○宮中・中庭(昼)
暖かな日差し。
梅が咲き、うぐいすが鳴いている。
○宮中・建物内(昼)
正装姿の人々。
孝徳大王(34歳)が前方に座り、その左右に大臣たちが列席している。
大王の前に庇矢皇子(26歳)と納子が、頭を下げて座っている。
大王「庇矢皇子、それが皇子の推薦する大臣か」
皇子が顔を上げて答える(納子は頭を下げたまま)。
皇子「はい、鋼の精製から田畑の灌漑まで多岐に渡る知恵に長けております」
大王「それは良い、しかし、ここに並ぶ者たちから違う評判を聞いている。(納子に)仏法を祈念するという」
列席者する橘兼家(35歳)が大きな声を上げる。
橘「ここは八百万の神が護る国、仏法を信ずる者が宮中に入ることはまかりならん!」
列席者たちが「そうだ」の声を上げる。
納子が顔を上げる。
納子「昨日、経をあげていた際に、先の大王様の声が聞こえました」
大王「亡くなった兄上の?」
納子「苦しい、苦しい、毒を食らった、と」
大王「おかしなことを言うな、病に倒れたと聞いておる」
納子「(橘の方を向き)皆様方の信ずる神に、その怨念を鎮めることができるのでしょうか?(別の列席者の方を向き)大火の後に不明となった光崇大王の怨念を鎮めることが?」
橘たちは、ゴクリと唾を飲み込んで、バツが悪そうに下を向く。
大王「どうした、皆、反対はしないのか?」
橘が申し訳なさそうに顔を上げる。
橘「我々が認めたとしても、神々が許しはしないということも・・・」
納子「神が許さなくとも、我々一族は許しを得られるまで蘇り、何度でも大王様の前に現れるでしょう。我々は蘇る一族、蘇我氏と申します」