こどもの日
○大学構内/昼
○海藤研究室・室内/昼
電子機械が並ぶ理系の研究室。
海藤伸行(48歳)が記者の取材を受けている。
記者「これが心の中を読みとる装置ですか?」
伸行「そうです、大脳の微振動をホログラムデータとして読みとることで、人間の心の中、感情を数値化する装置です」
記者が装置に近づいてマジマジと見ている。
記者「読みとったデータは、どういう方法で分析するんですか?参照元になるデータがなければ分析しづらいかと思いますが」
伸行「ラットや猿から得られた本能的感情を基礎データにして判断しています。動物の本能は嘘をつきませんから、そこを基準に人間でテストを重ねて、参照データを増やしています」
記者「ほう。機械工学を研究していた先生としては、意外な研究テーマですが、何か理由は?」
伸行「人間の心というのは、子供の頃から興味のあったテーマなんです」
記者「この装置を使うと・・・」
伸行「この後の会見で、詳しい話は説明しますから、質問はその時に」
×××回想×××
○海藤家・伸行の部屋/夜
海藤伸行(10歳)が机に座って勉強をしている。
部屋外の廊下を歩く音。
廊下から海藤久子(34歳)の声がする。
久子の声「由美ちゃん、ご飯ですよ」
隣の部屋から海藤由美(13歳)の声がする。
由美の声「はーい」
伸行の部屋のドアをノックする音。
ドアの向こうで久子の声。
久子の声「伸行さん、ご飯の用意できましたよ」
伸行が本を置き、立ち上がり、部屋を出ていく。
○海藤家・ダイニング/夜
久子、由美、伸行が食事をしている。
久子と由美が話をしている。
久子「へぇ、そうなの」
由美「今度、お母さんも一緒に行こうよ」
久子「連れてってね」
伸行が食事を終えて席を立つ。
伸行「ごちそうさま」
久子「伸行さん、デザートは?」
伸行は振り返らずに応える。
伸行「いらない」
伸行は自分の部屋へ戻っていく。
久子が伸行の後ろ姿を見ている。
由美が久子を見ている。
○海藤家・伸行の部屋/夜
伸行が勉強をしている。
ドアを叩く音。
ドアの向こうから由美の声。
由美の声「ノブ、入るよ」
由美が入ってくる。
伸行は勉強を止めない。
由美が小声で伸行に話しかける。
由美「ノブ、あの人も私たちに気ぃ使ってんだから、あんたもわかってあげなさいよ」
伸行は勉強を止めずに応える。
伸行「なにが?」
由美「お母さんて呼んであげなよ、可哀想でしょ、がんばってんだから」
伸行「あの人はお母さんじゃないよ」
由美が伸行の腕を掴む。
伸行が由美の方へ顔を向ける。
由美「もうお母さんはいないんだよ、あの人がお母さん」
伸行が手に持っていた本を見せる。
生物学の本。
伸行「親子の関係は遺伝子の伝達であるとすれば、あの人は、僕らとは何の関係もない、赤の他人だよ」
由美「あんた何の勉強してるの?もっと、人の気持ち考えてやりなよ」
伸行「気持ちとか心っていうのは幻なんだよ。いつか科学の力で解明できる時代が来る」
海藤淳二(41歳)の声がする。
淳二「喧嘩か?」
淳二はドアの向こうに立っている。
由美「違うよ」
淳二「仲良くやれ」
由美「うん」
伸行「勉強するから、もういい?」
由美が部屋を出ていく。
○海藤研究室・室内/昼
伸行や研究員たちが装置をセッティングしている。
測定器具をセットされた母猿が騒いでいる。騒いでいる先に子猿。
○海藤研究室・室内/夜
研究室に伸行(45歳)が一人。
伸行が資料に目を通している。
伸行の表情は強ばり、動作に落ち着きがない。
ドアがノックされ、少し開く。
久子(69歳)が顔をのぞかせる。
久子「伸行さん?」
伸行の表情が険しくなる。
伸行「入ってください」
久子が辺りを見渡す。
久子の手にお土産。
久子「助手の皆さんは?」
伸行「帰りました」
久子「伸行さんがお世話になってると思って、お土産を」
伸行「そこに置いておいてください」
久子が伸行の顔を見る。
久子「伸行さん、疲れてませんか?体調、気をつけてください」
伸行「大丈夫です」
伸行は測定器具の用意をする。
伸行「そこに座ってください」
伸行が装置の前の椅子をみる。
久子「実験?」
久子が椅子に座る。
伸行は無言のまま久子に器具をセッティングする。
久子「危険なの?」
伸行「いえ」
久子「危ないから、実験相手がいないのかと」
伸行がセッティングを終え、椅子から離れる。
久子「変なこと言って、ごめんなさい。危なくても、私は構いませんから」
伸行を装置を作動させる。
伸行「子供の頃、あなたはどんな子供でしたか?」
久子「え?あ、どんなって、おとなしい子でした」
伸行「家族構成は?」
久子「父と母と姉の四人、あと5歳までは、お婆ちゃんも」
伸行「印象に残っている思い出は・・・」
(久子の人生を振り返る質問が続く)
伸行「あなたに伝えることがあります」
久子「今の質問で、なにか分かりましたか?」
伸行「いえ、私のことです」
久子「なんですか?」
伸行「私はガンです」
久子が止まる。
久子「本当?」
伸行「医者から余命一年と宣告されました」
久子「機械を外して、伸行さん。話を聞かせて」
伸行がモニターに目を向ける。
久子「こんなことしてる場合じゃないでしょ、治療に専念してください」
伸行が険しさと困惑と驚きが混じりあった複雑な表情を見せる。
伸行が深いため息を吐き、椅子に腰掛ける。
久子が自分で器具を外し、伸行の元へ来る。
久子が伸行の肩を支える。
久子「大丈夫?実験はスタッフの方に任せましょう、伸行さんは休んでください」
伸行「嘘です」
久子「え?」
伸行「ガンというのは嘘です」
久子「本当?」
伸行「自分は健康です」
久子「本当に?良かったぁ」
久子が伸行の肩をじっと掴む。
伸行「すみませんでした」
久子「驚かせて・・・。ホッとしましたよ、もう。何かの実験だったの?」
伸行「すみませんでした、今まで」
久子「いいですよ、そんな」
伸行「応えられなくて、すみませんでした」
久子「え?」
伸行「すみませんでした」
久子「どうしました?」
伸行「お母さん」
久子「え?」
伸行「すみませんでした、お母さん」
久子の動きが止まる。
伸行「あなたの愛情を信じなかったバカな息子です。ありがとう、お母さん」
久子「どうして・・・」
久子の目から涙がこぼれる。
×××回想終わり×××
○記者会見場
海藤が壇上で記者たちの質問に応えている。
記者A「科学を研究していた教授としては、扱いづらいテーマじゃありませんでしたか?人の心の中を分析しようにも基準もありませんし、勇気のいる発表だと思うのですが」
海藤「人の心は確実に存在します。曖昧なものでありません」
記者B「最初に分析できた感情は?」
海藤「愛情です」
記者B「確証をお持ちですか?」
海藤「もちろんです」
自信に満ちた海藤の表情にカメラのフラッシュの光。
海藤「このような装置を開発できて、研究者としては幸福かもしれませんが、人間としては不幸だったかもしれません」
記者A「どういうことですか?」
海藤「相手を信頼することができれば、この装置は必要ないんです。人生をやりなおせるなら、こんな研究とは縁のない素直な人間に生まれ変わりたいと願っています」