サイン
○静岡県・某市内/昼
市街地の道路。軽自動車のライトバンが路肩に停車している。
道路脇にはラブホテル。
○ライトバン・車内/昼
停車中のライトバン車内。
運転席には人がいない。
助手席の前に置かれたティッシュボックスから運転席の裏側までコードが延びている。
コードはモニターに繋がっており、モニターにはラブホテル出入口の様子が映っている。
運転席裏側の座席は取り払われ、黒崎清(32歳)と仁科優子(28歳)が身を隠すようにしてモニターを見ている。
黒崎「延長したな」
仁科が腕時計を見る。
仁科「そろそろ子供が戻ってくる時間でしょ、その前には帰るって」
黒崎「ああいうお嬢さん育ちに限って悪い男にハマって、家のことなんて考えなくなるんだって」
モニターにホテルから出てくる男女の姿。
仁科「ほら、さすがPTA不倫、抜かりがないでしょ」
黒崎「あぁ読み間違えた」
○走行中のライトバン車内/昼
黒崎が運転をし、助手席に仁科が座っている。
仁科「報告書、書いとけばいいんですね」
黒崎「頼むよ」
仁科「旦那さん、どうするつもりだろう?」
黒崎「別れるよ」
仁科「子供、小学生2人でしたっけ」
黒崎「1人ずつバラバラかな」
黒崎が窓を開ける。
黒崎「浮気やら不倫やら、逃げた恋人の行方を調べたり、か。たまには、人のためになるような調査したいなぁ」
仁科も窓を開け、たばこに火をつけ一服する。
仁科「そうですねぇ」
○団地外観/夕方
黒崎が歩いている。
○黒崎宅内/夕方
団地内の黒崎宅。
黒崎がキッチンに顔を出す。
黒崎「ただいま」
食事の用意をしている黒崎雅代(32歳)。黒崎健(10歳)がテーブルに座って食事を待っている。
健「お帰り」
雅代「早いのね」
黒崎「仕事が早く片づいたんだ」
雅代が炊事の手を止める。
雅代「そうだ、健ちゃん、お父さんと一緒に行ってもらえば?」
健「あ、そうだ!」
黒崎「なに?」
雅代「学校で休んでる子が多いんだって。健ちゃん、学校から届け物頼まれて、帰りによってきたんだけど、いなくて渡せられなかったんだって」
健「もう一回持ってくから、ついてきてよ」
黒崎「ああ、いいよ」
健「佐藤君、淵上君、三田さん、3人」
黒崎「そんなに休んでるんだ」
健「学校全体だともっといる」
黒崎「風邪とか流行ってんの?」
健「いいや」
○佐藤家・玄関前/夜
灯りの点っていない一軒家の玄関に黒崎と健が立っている。
黒崎がチャイムを押すが反応はない。
健「いないよね?」
黒崎が玄関周辺を見回す。
黒崎「そうだな」
○マンション・ロビー/夜
黒崎と健がオートロック受付の前に立っている。
黒崎が部屋番号を入力する。
チャイムの音はするが応答はない。
黒崎が受付のマイクに向かって話しかける。
黒崎「淵上さんのお宅でしょうか?明君の同級生の黒崎の父です。息子の健が明君宛に学校からの届け物を預かってきてるんですけど」
応答はない。
健「いないっしょ?」
黒崎「いないな」
○三田家・玄関前/夜
灯りの点っていない家。
黒崎と健が立っている。
黒崎「三軒とも留守か」
○黒崎宅内/夜
キッチンで黒崎と雅代が話をしている。
雅代「旅行かしら」
黒崎「平日に行くかね」
パジャマ姿の健が顔を出す。
健「寝るね」
黒崎「届け物、父さんが朝、もう一度、持ってってみるよ。先生には家にいなかったって言っといて」
健「うん」
健が子供部屋に向かう。
黒崎「事件とかじゃなきゃいいけどな」
雅代「そういう仕事してんでしょ、調べてみたら?」
黒崎が「ふっ」と笑う。
○佐藤家・玄関前/朝
黒崎が立っている。
黒崎がチャイムを押すが、返答はない。
黒崎が裏手に回り、家の中の様子を見渡す。
再び玄関前に戻りメーターを確認する。
黒崎が首を傾げて黒崎家を後にする。
○マンション・ロビー/朝
黒崎がオートロック受付の前に立っている。
住居棟から住民が出てくる。
黒崎が開いたドアから住居棟へ入っていく。
○淵上宅・玄関前/朝
黒崎がマンション内、淵上宅の玄関前で辺りの様子を伺っている。
辺りに誰もいないことを確かめて、玄関脇の水道、ガス、電気のメーター計器が収納されている小窓を開ける。メーターは動いていない。
黒崎「いないのか」
○三田家・玄関前/朝
黒崎が玄関横の車庫を見ている。
車庫には車がない。
隣の家の住民が出てくる。自分の家の前を掃除し始める。
黒崎が隣人(男性・71歳)に話しかける。
黒崎「おはようございます、三田さんにお届け物をお持ちしたんですけど、お留守ですかね、話、伺ってます?」
隣人「あぁ、3、4日前の朝に車にどこか出かけてたなぁ」
黒崎「私、三田さんのお子さんの同級生の父親なんですけど、息子が学校から届け物を預かってて」
黒崎がプリント類の入った封筒を見せる。
隣人「全員揃って出て行ってから、誰もいないんじゃない」
黒崎「朝から全員で?親戚の方に何かあったとか、そういうことですかね」
隣人「車に、いろいろ荷物詰め込んでたから、そうじゃないと思うよ」
黒崎「ありがとうございます、無事そうなんで、ひとまず安心しました」
隣人「どうも」
○雑居ビル・外観/昼
○ハート興信所・入口/昼
黒崎がドアを開けて中に入っていく。
○ハート興信所・事務所内/昼
10個程のデスクが並ぶ事務所。
黒崎が席に着く。
隣席の仁科が黒崎に資料を渡す。
仁科「昨日の調査書です、確認お願いします」
黒崎「はい」
資料に目を通す黒崎の動きが止まる。
黒崎「そういえば、この2、3日に大きなイベントあったっけ?
仁科「イベント?どういう?」
黒崎「息子の学校で、何日か続けて休んでる生徒が多いらしくてさ、息子と一緒に届け物を持ってったんだけど、どこの家も誰もいなくて出かけてるみたいなんだよね」
仁科「平日に?家族で?」
黒崎「そう」
仁科「何人くらい休んでるですか?」
黒崎「クラスに2、3人ずついるらしいよ」
仁科「子供はともかく、親は仕事だってありますよね」
黒崎「うちで使ってる情報屋って一件15万だっけ?」
仁科「ええ」
黒崎が資料を指さす。
黒崎「一件、情報屋に聞いてみるから、その費用、こっちの浮気調査の経費にのせといて」
仁科「いいんですか?」
黒崎「いいよ、どうせ依頼者は浮気調査にかかった金も慰謝料で請求するんだから」
仁科「はぁ」
○黒崎宅・キッチン/夜
パジャマ姿の健が牛乳を飲んでいる。帰宅した黒崎がキッチンに顔を出す。
黒崎「ごめんな、学校から預かってた届け物、朝、みんなの家、廻ってみたんだけど、どこもいなくてさ、渡せなかったよ」
健「ふーん」
黒崎「家族で遊びに行くとか言ってなかった?」
健「なにも」
○喫茶店・店内/昼
黒崎と情報屋が向かい合って座っている。
情報屋「はい、これが資料です」
情報屋が紙袋を渡す。
黒崎「仕事早いねぇ」
情報屋「データベースを検索するだけですから」
黒崎「気になったところあった?」
情報屋「父親の勤務先が何か怪しいですね」
黒崎が袋から資料を出す。
資料は「佐藤家資料」と書かれたレポート。
黒崎は資料に目を通す。
黒崎「フジブリッジって会社?」
情報屋「ええ、知ってます?」
黒崎「聞いたことない」
情報屋「なんのビジネスしてるかかわからないですけど、市内と郊外の山奥に2つの事業所を持ってるんです」
黒崎「山奥にあるのは倉庫じゃないの?」
情報屋「いや面白いのは市内と山奥、全く同じ場所に事業所を登記している会社が30社くらいあるんですよ」
黒崎「ん?2カ所とも同じ?」
情報屋「ええ、そうです。しかも、この30社全て実体が分からない会社なんです。登記内容の業務から検索しても、全く実績が出てこないっていう」
黒崎「ヤバい筋の仕事なのかな」
情報屋「私たちの仕事は、ここまでです。後は、ご自分の手で。本職でしょ?」
黒崎「ああ、助かったよ」
○オフィス街/昼
サラリーマンやOLが行き交う。
○オフィスビル・外観/昼
4階立の小さなオフィスビル。
○オフィスビル・入口/昼
黒崎が入口に立っている。
入口はシャッターが閉められ、中の電灯も消えている。
黒崎が入口を見渡すが、入居している会社名が表示されていない。
黒崎「30社がここにいるのに」
○郊外の道路/昼
山間部の道路を乗用車が走っている。
○乗用車・社内/昼
黒崎が運転をしている。
社内には黒崎が一人。
○大型施設・外観/昼
山間部にある大きな施設。
施設は研究所のような造りをしている。
○大型施設・入口/昼
黒崎が車を止めて降りてくる。
入口は閉じられ、出入りする者がいない。
○乗用車・車内/昼
黒崎が入口脇に車を止めて様子を伺っている。
○大型施設・入口/夕方
門が開き、車が1台出てくる。
黒崎の車が動き、出てきた車の前をふさぐ。
黒崎が車から降り、施設から出てきた車の運転席に近づく。
運転席の窓が開き、初老の男性が顔を出す。
初老の男性「どうしました?」
黒崎「すみません、ちょっといいですか?」
初老の男性「どちらの取材ですか?」
黒崎「取材?」
初老の男性「新聞社の方?無理ですよ、私からは何も伝えられませんから」
黒崎「いえ、人探しに来た者です」
黒崎「は?」
○団地外観/夜
黒崎が走っている。
○黒崎宅・キッチン/夜
雅代が洗い物をしている。
黒崎が息を切らして入ってくる。
雅代「おかえり。どうしたの?あわてて」
黒崎「健は?」
雅代「お風呂」
黒崎「よく聞け、今すぐ、家を出る用意しろ」
雅代「出るって?」
黒崎「ここには、しばらく戻ってこない、それに備えた支度を」
雅代「なによ、急に」
黒崎「富士山が爆発する」
雅代「は?」
黒崎「健の学校を休んでる同級生、親が火山研究所に勤務してるんだ」
雅代「火山研究所?」
黒崎「民間企業のフリをして、国の研究をやってたらしいんだよ」
雅代「どういうこと?」
黒崎「情報を制御しないとパニックになるだろ、そのためのカモフラージュだって」
雅代「なんで、あなたが知ってるの?」
黒崎「資料を取りに来た研究員を捕まえて聞いたんだ。富士山は1週間以内に爆発する。最初に研究スタッフが全員避難した。学校に来なくなったのは、そういうこと」
雅代「ほんと?」
黒崎「俺たちも、逃げるぞ」
雅代「やだ」
風呂から出てきた健が顔を出す。
健「おかえり」
黒崎「健、岡山のおばあちゃんのところに行くぞ」
健「いつ?」
黒崎「すぐに」
健「え?なんで?」
黒崎「おまえのためだ」
健「はぁ?」
黒崎「初めて良い仕事ができそうだ」