彼岸
○霊園/昼
花や線香を持った数組の家族連れが行き交う。
北村崇(32歳)と柿沢洋治(30歳)が歩いてくる。
北村は人の良さそうな好青年、手に花を持っている。
柿沢はスーツ姿の事務員風の男。
柿沢「北村さん、お墓は、どの辺りですか?」
北村「この先です、そこの竹原という名前のお墓です」
北村が、数メート先を指さす。
○竹原家墓前/昼
祈りを終えた北村に柿沢が話しかける。
柿沢「始めてもよろしいですか」
北村「お願いします」
柿沢が呪文を口の中で(声に出さず)唱え始める。
○地獄/昼
真っ赤な空、広がる血の海、切断された首や手足が転がる不気味な場所。
柿沢が立っている。
柿沢「竹原香苗さん、竹原さん、いらっしゃいますか?」
血の海の方から女の声がする。
女の声「だれだ」
血の海から、ゆっくりと竹原香苗(28歳)が現れる。
竹原の体には無数の刺し傷があり、首筋に包丁が刺さったままである。
香苗「何しに来た、お前は」
柿沢が驚いて、後ずさりする。
柿沢「いや、あの、頼まれまして」
柿沢は足下に落ちていた首に足を滑らす。
落ちていた首「痛い」
柿沢「ひゃ!」
柿沢が腰を抜かす。
香苗がゆっくりと近づいてくる。
香苗「お前も、地獄に見せてやろうか」
柿沢は再び呪文を唱える。
○竹原家墓前/昼
生気のない柿沢の表情にパッと生気が戻る。
柿沢が「ふぅ」と安堵のため息を漏らす。
柿沢の心の声「参ったなぁ、ヤバイ案件だよ」
北村「どうでした、香苗は成仏してましたか?」
北村が穏やかな優しい表情で返事を待つ。
柿沢の心の声「してるワケないだろ」
北村が返事を待っている。
柿沢は目をつぶり、何かをイメージしているかの素振りをする。
柿沢の心の声「であのまま伝えるとショック大きいだろうなぁ・・・」
北村「なにか言ってましたか?」
柿沢「どうして来てくれたんですか?と」
北村「北村が香苗に会いに来たと伝えてもらえますか?」
柿沢「あぁ、はい」
北村が柿沢を見つめる。
柿沢の心の声「ええー、また戻るのぉ」
北村「お願いします、そういえば分かるはずですから」
柿沢が再び呪文を唱える。
○地獄/昼
柿沢が包丁を持った香苗に迫られている。
柿沢「あの、僕は関係ありません、雇われた、ただの霊媒師、拝み屋です。北村さん、北村さんが、あなたに会いたいって」
香苗「殺す、死ねや!」
柿沢が呪文を唱える。
○竹原家墓前/昼
柿沢の生気が戻る。
柿沢の心の声「北村さんと香苗の関係ってナニ?北村さんが香苗を殺した・・・まさか、だったら今ごろ刑務所でしょ」
北村「私のことを伝えて、香苗はどうでしたか?」
北村が優しい表情で柿沢を見る。
柿沢「はい、あのぉ、興奮してましたよ」
北村「そうですか、他には何か」
柿沢「ええ、まぁ、あの世で無事です。すみません、ちょっと事務所に連絡をとっても良いですか?」
北村「はぁ」
柿沢「すぐ戻りますから」
○霊園の外れ
柿沢が携帯電話をかけている。
携帯電話が繋がる。
通話相手の声「はい、心霊相談のアナザーライフサービスです」
柿沢が小声で話す。
柿沢「柿沢ですけど」
通話相手の声「ああ、柿沢さん、お仕事終わりました?」
柿沢「今日の依頼者、身元大丈夫?」
通話相手の声「どうしました?」
柿沢「どういう関係?呼び出してる霊と依頼者は」
通話相手の声「ちょっとした行き違いがあったって」
柿沢「やっぱり。ネット繋がってる?調べてみて、竹原香苗、竹冠の竹に、原っぱの原」
受話器の向こうでキーボードを叩く音。
通話相手の声「あ、殺人事件」
柿沢「それ犯人捕まってる?逃げてるんじゃない?」
北村の声「柿沢さん」
柿沢が驚いて振り返ると北村が立っている。
柿沢「わぁ!」
柿沢が慌てて携帯を切る。
北村「大丈夫ですか?気分で悪くなったのかと思って」
柿沢の心の声「こんな人が人を殺しちゃうんだ」
柿沢「大丈夫です。そちらこそ、どうされました?」
北村「香苗に「来た」って伝えてもらったら、なんだかホッとして、もういいかなぁと思って」
柿沢「あ、そうですか」
柿沢の心の声「待て、香苗に協力してもらえれば、北村を捕まえる証拠が出てくるかも」
柿沢「いえ、まだ、規定のセッション時間に達してませんし、もう少し続けてみてはどうでしょう」
北村「あの世で無事だって聞いて、充分満足ですけど」
柿沢の心の声「なるほど、香苗の怨念を確認したかったわけだ。逃がすわけにはいかないね」
柿沢が北村の体を「さぁさぁ」という感じで押す。
柿沢「まだ話したいことあるでしょう」
○竹原家墓前/昼
柿沢が北村に話しかける。
柿沢「北村さんの思い出を聞いてみましょうか」
北村「いいですよ、そんな」
柿沢が呪文を唱える。
○地獄
包丁を持った香苗が柿沢に迫る。
後ずさりする柿沢。
柿沢「待った、聞かせて。北村は、どんなことをした、あなたに」
香苗は呻き声をあげながら柿沢に迫る。
柿沢「あなたの恨みを晴らしたいんだ、教えて」
香苗が「ギャー」と叫んで、柿沢に飛びかかる。
柿沢が呪文を唱える。
○竹原家墓前/昼
柿沢に「ハッ!」と生気が戻る。
柿沢「ふぅ」
北村「大丈夫ですか?」
柿沢の心の声「さっさと終わらせないと、こっちが香苗の恨みを買いそうだな」
北村「香苗は何か?」
柿沢「ええ、喜びの声をあげてました」
北村が柿沢をじっと見る。
北村「あの・・・失礼ですけど、本当に香苗が見えてますか?」
柿沢「え?」
北村「さっき終わらせようとしたのは、見えてないかと思って」
柿沢「何を根拠に仰ってるんですか」
北村「香苗が大人しくあの世に行ってるはずはないんです」
柿沢の心の声「やばい、バレてる」
北村が真剣な表情をする。
北村「彼女、普通の死に方してないんですよ」
柿沢の心の声「あれ?これ、俺も殺されるパターン?」
北村「嘘つきで、見栄っ張りで、周りの人間を傷つけてばかりの嫌な女でね」
柿沢の心の声「逃げる準備しとこ」
北村「私と別れた後、騙した男に、殺されたんですよ」
柿沢「え?」
北村「包丁でメッタ刺し」
柿沢「その犯人は」
北村「香苗、結婚詐欺みたいことをやってたらしくて、恨まれた相手にね」
柿沢「じゃ、今日は?」
北村「でも、知ってるんです、恥ずかしがり屋でね、本当は優しい女なんですよ、愛情表現が下手なだけで。あのまま、自分が香苗と別れなきゃ、幸せな人生を歩ませることができたかもなって、ずっと後悔してて」
柿沢「そうなんですか」
北村「だから、あんな人生の終わり方をした香苗が天国に行ってるはずはないと思って」
柿沢が大きく深呼吸する。
柿沢「すみません、ウソをついてました。香苗さんは地獄にいます。怨念の塊になって」
北村「そうですか、そうですよね」
北村の目から涙がこぼれる。
北村「最後に・・・君を受け止められなくて悪かったと伝えてもらえますか」
柿沢「はい」
柿沢が呪文を唱える。
×××時間経過×××
柿沢の顔に生気が戻る。
北村が心配そうに柿沢を見る。
柿沢が微笑む。
柿沢「香苗さん、少しだけ天国に近い世界に移ってました。北村さんが亡くなる頃には、自分は天国にいるから、地獄には堕ちないように真面目に生きて、と言ってました」
北村が微笑む。
北村「そういう無駄口を叩く女なんですよ、香苗は」
柿沢「思い残すことは?」
北村「大丈夫です」
北村がお墓の方を向き、うなづく。