逃亡犯
○ホテルラウンジ/昼
ホテルロビーの広々としたラウンジ。
高橋幸雄(63歳)と西田健(35歳)がテーブル席に座り、コーヒーを飲みながら話をしている。
西田「いいですね、悠々自適で」
高橋「久しぶりに戻ってきたら、浦島太郎だよ、今の日本は」
西田「仕事をやめて8年ですか?」
高橋「ああ、55の時だから」
西田「ずっと海外を転々と?」
高橋「日本には年に数回戻ってだけ」
西田「主に、どちらへ?」
高橋「体が動くうちに色々見ておこうと思ってね、各国をぐるぐると」
西田「うらやましいなぁ」
高橋「西田君は部署は変わらず?」
西田「そうですよ、ずっとカルト担当、カルタン」
高橋「じっくり腰を据えて捜査がでいていいじゃない」
西田「現場上がりのノンキャリですから、出世を気にする必要もないし、地道にやるだけです」
高橋「俺も一緒だよ、そこに17年もいたんだから」
西田「高橋さんには、もっといて欲しかったですよ」
高橋「どうして?」
西田「捜査の真髄をもっと教わりたかったんですよ。いまだに分からないことが多くて」
高橋「今、動いてる山は?」
西田「いくつかマークしてる教団があります」
高橋「そうか、俺がいた頃は、まだオームを追いかけてた頃だ」
西田「高橋さんに、よく怒られましたよね。どんな捜査やってきたんだってバカ野郎って」
高橋「ふふ、そうだったかな。もうそっち方面の捜査は終わってるんだろ」
西田「今はEランクの対象です」
高橋「そうか」
高橋がコーヒーを一口飲み、少しだけ前のめりになる。
高橋「実は、警察を辞めた後も、個人的に、あの事件の背後を調べてる」
西田「え?」
高橋「公安内部の最終的な捜査資料は、どういう結論になってた?」
西田「何か情報があるんですね?」
高橋「捕まった幹部たちに指示を出してた別グループがいる、それが教団の本体だ」
西田「捕まってない?」
高橋「逃げてる。俺がいた頃の捜査資料には名前は出てなかったはずだ」
西田が腕組みをする。
西田「それで、自分は?」
高橋「最終の捜査報告書のコピーを持ち出してもらえないか?」
西田「でも、情報漏洩です」
高橋「Eランクの捜査対象だと、これ以上捜査はできないんじゃないのか。俺が捜査をして、裏を固めたら、情報を渡す。そうすれば、そっちの手柄にもなる」
西田が考える。
西田「ここだけの話にしてもらえますか?」
高橋「何だ」
西田「別グループの話、数年前から噂が出てて、近々、別件ガサ入れる段取りもついてるんです」
高橋は前のめりの姿勢になり、顔に手をやりながら話をする。
高橋「担当?」
西田「はい、自分です」
高橋「凄いな、手柄になるぞ。ガサは都内で?」
西田「国内と海外にも捜査員を派遣する予定です」
高橋が姿勢を正し、腕組みをする。
高橋「海外まで」
西田「実は、去年、本格的に捜査の見直しをしましてね、目星はついてるんです。腑に落ちなかったのは、どうして今まで気づかなかったのか」
高橋「何がわかった」
西田「捜査の手の内を知っている人物がいたんです」
高橋が西田をじっと見る。
高橋「成長したな」
西田「さっき席を立って出て行った2人組はお仲間ですよね」
高橋「斜め後ろに座っていた?」
西田「顔に手を当てたのが避難のサインですか」
高橋が西田を見つめる。
高橋「聞いてもいいか?」
西田「ええ」
高橋「ガサ入れの話は?」
西田「予定はありませんが、もし、ここに仲間がいるならサインを出すかと思って」
高橋「今は尾行がついてる?」
西田「2人が戻るアジトの場所が判別しますね」
西田が手を挙げる。
各テーブルで客に扮していた捜査官たちが立ち上がる。
西田「罪状は情報漏洩の依頼、国家公務員法違反になります」
高橋「西田君は優秀だな」
高橋が西田の肩を叩く。
高橋「ただ、いくら技量が優れていても、世の中には思い通りにいかないことがある。自分の能力だけを過信すると、必ず不満が生まれる、不満は悪意の源だ、何事も謙虚に生きるんだ」
西田「ありがとうございます」