ニュースを読んで適当にシナリオを書き散らかすブログ

ニュースにザッと目を通して、20分くらいでガッと書き飛ばします。

ブン屋の魂

○会議室/室内(昼)
高木頼満(54歳)、西田洋三(55歳)、近藤勝重(54歳)がテーブルを挟んで談笑している。
高木「ネットのおかげで本当に難しくなってきたよ」
西田「読めないんだよね、ニーズが、何を求めてるか」
近藤「あぁ、でもネットなんてダメだって、産経の牛山が言ってたよ、買ってまで読まないんだって」
高木「あんまり部数伸びてないの?」
近藤「少しは影響あるみたいだけど」
西田「だったら、いいじゃない。うちなんて落ちっぱなしなんだから」
高木「やりましょか?」
西田「やるしかないでしょ」
近藤「ああ」
西田「記事は?」
高木は笑いながら揉み手をする。
高木「久々に俺が書いちゃうよ!」
近藤「アイデアがあるんだけど、こう、なんていうのかなぁ、謝ってるような、謝ってないような、そういう絶妙な文章にして欲しいんだよね」
西田「いいねぇ、右から攻撃されるような感じで」
近藤「そう!話題になるだろ、その方が」
高木「だったら産経に声かけて、うちの記事を攻撃するように仕組んでよ」
近藤「面白い、乗った!最初は小出し、小出しで、ちょっとずつ盛り上げてよ」
西田「プロレスだ、プロレス」
三人が笑う。
高木「現場は?」
西田「俺が抑えるから、心配すんなって」
近藤「どれでいくの?」
高木「国民のニーズを伝えるのが新聞・・・だろ?」
近藤「言われたなぁ、昔。戦時中の新聞を持ち出されてな、戦争翼賛の記事を読まされて」
西田「国民が望む情報を伝えるのが新聞だ、国民が戦争を望めば、そう書くのが新聞」
高木「じゃ、今回も、それ?」
西田「いや、今の記者なら、だったら自分でビラ紙でも刷ってバラまけ、の方が効果あるだろ」
高木「新聞は企業だ、お前のためにあるんじゃない、部数を伸ばすのが使命だ」
近藤「自分の考えを伝えたいなら、一人で新聞を作って配ってろ」
西田「そう、そっち、そっち」
近藤「説得、頼むよ」
高木「昔ほど骨のあるブン屋もいなくなったし、現場からの反発は、そこまで心配しなくても大丈夫でしょ」
近藤「よし、決まった、やるぞ!」

 

○新聞紙面
紙面の片隅に「お詫び/従軍慰安婦記事の誤報に関して」の見出しの小さな記事が出ている。

再現検証の成功をご報告いたします

○記者会見会場(昼)
大きな会議室に百名以上の報道陣が詰めかけている。
会場には何台ものテレビカメラ、スチールカメラ、壇上には多数のマイクが並んでいる。
前方のドアが開き、会見者が現れる。
一斉に光るストロボ、記者たちが取材体制になる。
会見者は研究着(白衣)姿の殿方春子(30歳)。
春子の表情は明るく微笑んでいるように見える。
春子が会見席に着く。
記者たちが質問を始める。
記者1「今日はどうして記者を集めたんですか!」
記者2「なぜ、このタイミングに!」
記者たちから罵声に近い質問が続く。
春子「皆さん、どうか、お静かにお願いします」
記者3「だから、何の発表か教えてくれよ!」
春子がクスっと微笑む。
記者4「研究の指導官が自殺した後に、よく笑えるよ!」
記者5「殺したのはあんただよ!不謹慎だって自覚はないんですか!」
春子「本日は私の研究の成果に関して、皆さまに知っていただきたいことがあり、お声がけをさせていただきました」
記者6「研究発表してる場合じゃないだろ、人が自殺してるんだよ!あんたのウソで!」
記者7「そんなことしてる場合か!」
春子「私、殿方春子は、先日より指導官・枝井良樹博士と共にステップ細胞の再検証を続けてまいりました。その成果について、ご報告をさせていただきます」
記者8「あんたが、今頃、報告したって自殺した枝井博士は戻ってこないんでしょ!」
記者9「今さら失敗を認めても遅いよ!」
春子「ステップ細胞はあります!」
記者10「だったら証明しろ!」
記者たちの「証明しろ」「嘘をつくな」の怒号が飛ぶ。
怒号を浴びても春子の表情は変わらず明るい。
前方のドアが開き、枝井良樹(59歳)博士が現れる。
記者たちがドヨめき、ストロボが一斉に光る。
枝井が春子の隣に立ち、春子も立ち上がり、二人が並ぶ。
枝井がマイクを取り、挨拶をする。
枝井「どうも研究長の枝井良樹です」
記者たちから「あなたは誰ですか!」の声が飛ぶ。
枝井「ですから、まぎれもなく研究長の枝井です」
枝井の隣で春子が微笑んでいる。
春子「自殺されたと報道されている枝井博士は、枝井博士と全く同じ遺伝子を持つクローンなのです」
記者11「どういうことですか?」
春子「ステップ細胞の再現検証は成功しました」
枝井「ステップ細胞でクローンを作ったのです」
記者12「嘘でしょう!」
記者13「そんなこと無理だよ!」
記者たちの疑いの罵声が飛ぶ。
枝井が微笑みながら記者を見回す。
枝井が胸元のポケットからナイフを取り出し、喉元を大きく切り咲く。
枝井の首から吹き散る血。
会見席は血に染まり、殿方も血を浴びる。
枝井は倒れ込み、絶命する。
枝井に駆け寄る記者、携帯で病院や警察に電話をする記者、吐いている記者、場内は騒然とする。
血を浴びた殿方は、明るい表情を浮かべたまま、様子を見ている。
記者たちが殿方に詰め寄る。
記者14「あんた、こんな時に、なにヘラヘラしてんだよ」
記者15「気でも狂ったのか!」
殿方がマイクを手にする。
殿方「皆様、ステップ細胞の再現に成功しました」
前方のドアが開き、枝井が記者たちをかき分けて、入ってくる。
殿方「ご安心ください、先ほどの枝井博士もステップ細胞によって作られた博士のクローンですから」
殿方と枝井が並んで立つ。
二人は微笑んでいる。

画面フェイドアウト。
テロップ「偉大なる研究の成功を祈る」

怨魂師(5)

○地獄
マグマがたぎる世界。
鬼の形相をした早川と鬼婆の形相をした小牧(20代女性)が壮絶な死闘を繰り広げている。
早川が小牧を羽交い締めにして捕まえる。
小牧が暴れる。
炎が舞う。

○地獄
赤土が広がる砂漠。
阿部が一人で立っている。
阿部の前に炎が舞う。
炎の中から早川と羽交い締めにされたままの小牧が現れる。
早川「連れてきたぜ」
小牧「お前たちは、なんだ、離せ!」
阿部「(早川に)ありがとう」
阿部が小牧を見る。
阿部「(小牧に)なぜ祟る?」
暴れていた小牧の動きが止まり、阿部を睨む。
阿部「岩崎家、一族への怨みか?土地に憑いている悪霊か?」
小牧「へっ、あの家の奴ら、末代まで祟ってやる」
阿部「岩崎家への怨み・・・若奥さんが急死したのも、お前の仕業だな?」
小牧「ああ」
阿部「今回の事件も?」
小牧「娘に憑意してやったんだよ」
阿部「殺された同級生は、お前には関係ないだろう」
小牧「関係ないさ、でも、事件で、岩崎の一族が滅びてしまえばいいのさ、殺した娘みたいに、ちりじりバラバラになぁ!」
阿部「それで苦しみは晴れると思うのか?」
小牧が阿部を睨む。
阿部「もう何年、祟り続けてる?どれだけの悪事を働いた?それで苦しみは、おさまったのか?」
小牧「ぅう」
阿部「一家が滅んで、呪う相手がいなくなった後も、怨みがおさまらなかったら・・・」
小牧「黙れ!」
阿部「お前は怨みを抱いたまま、無限の地獄へ堕ちる」
小牧「私が、どんな仕打ちを受けたか、貴様はわかってるのか!」
阿部の前が光り、鏡が現れる。
小牧は、鏡に映る鬼婆となった自分の姿を見て、驚く。
阿部「お前は死んだんだ、そして地獄に堕ちた。なにをやっても人間の頃には戻れない」
小牧の表情が驚きから、悲しみへと変わる。
小牧「あぁー」
小牧が崩れ落ち、泣き叫ぶ。
早川が小牧を見ている。
阿部が小牧の肩を叩く。
小牧が顔を上げる。
阿部「安らぎを取り戻してみる気は?」
小牧「安らぎ・・・」
阿部「人を呪っているのも、怨みをはらせば気が静まると思ってるからだろう?でも実際は違う、だから、また呪い、永遠に祟り続ける、心の安定を求めて」
小牧「だったら、どうすればいい!」
阿部「怨みははらすんじゃない、捨てるんだ。正しい気持ちの鎮め方を知れば、人を呪う苦しみから抜け出すことができる」
小牧「今からでも・・・」
阿部「大丈夫だよ」
小牧がゆっくりと立ち上がる。
阿部が指さす方向に家が出現する。
阿部「あれが新しい君の住み家だ」
小牧「住み家?」
阿部「供養のための家だ」
小牧「私の?」
阿部「ああ」
小牧がゆっくりと歩き始める。
小牧が時折、振り向いて阿部に会釈をする。
小牧が家に入る。
阿部が隣に立っている早川に話しかける。
阿部「君も良い行いをした」
早川「これで天国に連れてってもらえるんだろ?」
阿部「君の魂を浄化するには時間がかかる」
早川「なんだと!」
阿部「まだ何度か手伝ってもらうよ」
早川「この野郎!」
早川が阿部に掴みかかろうとすると、阿部が消える。

○岩崎家/大居間(夜)
岩崎、橘が瞑想状態の阿部を見守っている。
阿部が、ゆっくりと目を覚ます。
阿部が岩崎を見て、うなづく。
岩崎「無事に?」
阿部「(橘に)人型を」
橘が祭壇から人型を2体持ってくる。
阿部が人型の1体を手に取る。
阿部「岩崎さんの家に憑いていた悪霊は、こちらの人型に納めました」
岩崎が、こわごわと人型を見つめる。
阿部「こちらで供養をなさいますか?それとも私どもで?」
岩崎が言葉に詰まる。
阿部「供養は私たちの方で」
岩崎「お願いします」

○同/玄関(夜)
阿部と橘を岩崎が送る。
岩崎「ありがとうございました」
阿部「礼には及びません」
出ていこうとする阿部と橘に岩崎が話しかける。
岩崎「あの・・・」
阿部と橘が振り返る。
橘「なんでしょう?」
岩崎「うちに憑いていた怨霊は、どういう供養を」
阿部「徳を積んでもらうのです」
岩崎「徳?」
阿部「人助けを手伝ってもらう」
橘「良い行いすることで魂が穏やかになります」
阿部「心が静まれば、怨みや憎しみも自然と消えていきます」
岩崎が腑に落ちない表情をする。
岩崎「あぁ、そうですか」
阿部「では」
阿部と橘が出て行く。

○街中(夜)
繁華街を阿部と橘が歩いている。
阿部「どうだった?あの世の様子を感じることはできたかな?」
橘「ボンヤリと」
阿部「あと何回か立ち会えば、徐々に掴めて来る」
橘「あの」
阿部「なんだ?」
橘「あの人型は、どうするんでしょう?」
阿部「どの?」
橘「家に憑いていた」
阿部「ああ、小牧さん。我々の怨霊退治を手伝ってもらう、強力な助っ人になる」
橘「そういうことって・・・」
阿部「仕事をしながら、次の仕事で使う道具が手に入る。元手ゼロ、良い仕事だろ」
橘が微笑む。
阿部も微笑む。

怨魂師(4)

○岩崎家/外観(昼)
堂々とした旧家造りの邸宅。

○同/大居間(昼)
岩崎幸之助(67歳)と阿部と橘が向かい合って座り、話をしている。
橘は木箱を(両手で)手にしている。
岩崎「準備は整ったんだね」
阿部「ええ」

○同/台所(昼)
使用人Aが使用人Bが片づけをしている。
使用人A「夜の件、先に確認しとかなきゃ、旦那様は?」
使用人B「だめ、いま来客中、ほら、あの」
使用人Bが手を合わせて念仏を唱えるポーズをする。
使用人A「また?別の拝み屋さん?」

○同/大居間(昼)
岩崎と阿部、橘が話をしている。
岩崎「あなた方がどういう方法を取るのか分かりませんが・・・」
阿部「特殊な方法です、今までは、どのような?」
岩崎「色々、お願いしました。祈祷師、お坊さん、スピリチャル・カウンセラー、霊能者」
阿部「呪文、祈り?」
岩崎「ええ、そうです」
阿部「私たちとは違う方法ですね」
岩崎「それ以外、どういうやり方が・・・」
阿部「怨念が強いと、人の力で鎮めることはできないんです」
岩崎「だったら、なにを使って?」
阿部が橘が手にしている木箱を開ける。
阿部が木箱の中から紫の布包みを大事そうに取り出す。
阿部が包みを少しほどくと人型が見える。
阿部「これです」
阿部が橘に目で合図をする。
橘「この人型には岩崎様の家に憑いている怨霊を鎮めることができる強力な怨念がこめられているんです」
岩崎「別の怨念?」
阿部「怨霊を使って怨霊を退治する」
岩崎「大丈夫ですか、そんな・・・事態が悪化するていうことは」
阿部「怨霊といっても、元々は人です。礼儀を持って接すれば話が通じない存在ではありません」
橘「今は神様として奉られる菅原道真平将門も最初は怨念だったという話、ご存知ですよね?きちんと敬えば、悪ではなく善に働いてくれるんです」
岩崎「そう・・・ですか」

○同/外観(夕方)

○同/大居間(夕方)
簡易の祭壇が作られている。
祭壇の中央に人型が置かれ、その前に阿部が立っている。
離れた場所で橘と岩崎が阿部を見ている。
阿部が小声で唱え言葉を発し始める。
阿部の意識が集中しているのが分かる。

○地獄
赤く燃える岩肌が覆う土地。
鬼のような怒りの形相を浮かべる早川が立っている。
早川の前に阿部が歩み寄る。
阿部「良かった、お会いできて」
早川「どうした?」
早川が口を開けると黄色い煙が漏れる。
阿部「怨念を鎮めていただきたく参りました」
早川「なぜ、俺が?」
阿部「成仏を求めているのでしょう?」
早川が阿部を睨む。
阿部「怒り、怨み、憎しみから逃れようと、あなたは命を絶った。しかし、あなたが変わらない限り、この地獄から抜け出す道はありません」
早川が阿部を睨んでいる。
早川「あぁ、思い出した、思い出したぞ、貴様、俺を・・・」
阿部「そうです、生前、お会いしていました」
早川が阿部の肩を掴み、引き寄せる。
早川「貴様、俺を成仏させると・・・」
阿部「ええ、約束しました、その約束を果たしに来たのです」
早川が阿部の首に手をかける。
阿部「苦しいでしょう?怨みの中に生きるのは」
早川「畜生」
阿部「苦しみから抜け出すには、あなたが変わるしかない」
早川の手が緩む。
阿部「怒りをぶつける相手を用意した」
早川「なに?」
阿部「怨みを抱えたまま命を落とした者だ、君のようにね」
早川「それを?」
阿部「その怨念が、代々、ある一家を祟っている。君の力で、その魂を、ここに連れてきてほしい」
早川「連れてくれば、俺は・・・」
阿部「成仏?」
早川「ああ!」
阿部「この後、何度か人助けを依頼する。徐々に徳を積めば地獄から抜け出せる」
早川「本当か?本当なんだな!」
阿部「ああ、良い行いをする。苦しみを終わらせる方法は、それ以外にない」
早川が阿部の体を離し、じっと考える。
早川「わかった」
阿部「ありがとう」
早川「さぁ、どうすれば良い、教えてくれ」
阿部「この家を祟る女の悪霊がいる。江戸時代の頃かな、それから代々、女性に不幸が続いているようだ」
早川「その悪霊を連れてくれば」
阿部「ああ、ここへ」
早川「今は、どこに?」
阿部「この家の娘に憑いている」
早川「暴れてるのか?」
阿部「ああ、同級生を殺したそうだ」
早川の表情が、より険しくなる。
早川「絶対に連れてきてやる」
阿部「頼もしい」
早川が目をつぶると、炎が舞う。

 

(続く)

怨魂師(3)

○車中(夜)
阿部が車を運転している。
橘が助手席に座っている。
橘「人型の儀、初めてなんです」
阿部「使ったことはあるんだろ?」
橘「最初についた先生に立ち会って」
阿部「平常心、心を乱すと、そっちに来るぞ」
橘「はい」
橘が(緊張をほぐすように)小声で何かを唱える。
阿部「ま、うまくいくだろう」
橘が顔を上げる。
阿部「さっきから信号で青が続いてる」
橘が微笑む。
橘「よく決心しましたよね」
阿部「早川さん?」
橘「ええ」
阿部「救いだよ」
橘「え?」
阿部「あのままじゃ、救われない、分かったんだろ」
橘「奥さんと子供が」
阿部「いや、自分自身、自分の魂、永遠の苦しみから抜け出せない」
橘が答えない。
阿部「あそこでいいんだよな?」
橘「はい」

○早川宅・リビング(夜)
テーブルの上に早川の妻や娘の写真が置かれている。
スーツ姿(正装)をした早川が土下座をしている。土下座の先に妻や娘の写真。
早川の携帯の着信音(すぐに切れる)。
早川が立ち上がる。
早川が家族で映った写真を一枚、胸元に入れる。

○道路(夜)
人通りのない道。
阿部と橘が乗った車が停車している。
歩いてきた早川が車のドアの窓を叩く。

○車中(夜)
走行中の車内。
運転席に阿部、助手席に早川、後部席に橘が座っている。
早川が遠くを見つめ、静かにしている。
阿部と橘も会話をしない。

○山中(夜)
満月の空。
月光に照らされた山中。
ロウソクの灯がともされている。
橘が木の箱を阿部に差し出す。
阿部が箱の中から紙で織られた人型を取り出す。
阿部が人型に何かを唱える。
早川が阿部を見ている。
唱え終えた阿部が早川に人型を見せながら話す。
阿部「肉体を離れた魂の、新しい拠り所です」
早川「それが?」
阿部「儀式を通じて、早川さんの怒り、怨み、怨念、全てこの中に封じ込めるんです」
橘「現世に未練を持った魂は、永遠に成仏できません」
阿部「怨みを持った魂を正しく成仏させるのが、私たちの仕事です。安心して怨んで下さい、心の底から憎んで下さい、あなたを苦しめた人を」
阿部が人型を早川に渡す。
橘「その人型に念を込めるんです」
早川が人型を両手で強く握りしめる。
早川がゆっくりと歩き出す。
早川の先には足踏み台となる箱、箱の上には首吊りの輪が木から下がっている。
早川の顔は蒸気立ち、怒りの表情である。
阿部は手を合わせ、何かを唱えている。
橘は冷静に様子を見ている。
早川がゆっくりと箱に足をかけ、輪に首を通す。
早川の表情が一層険しくなる。
阿部の唱える声が大きくなる。
早川がうなづく。
早川が乗っていた箱を蹴り飛ばす。
早川が宙に浮く。
阿部の唱える声が、より大きくなる。
早川は怒りの表情を浮かべたまま動かなくなる。
早川の両手には人型が握りしめられている。
阿部が気合いの声と共に九字(祓い)を切る。
阿部が小声で唱え言葉を発しながら早川に近づき、早川の手を開き、人型を手にする。
阿部が早川に礼をする。
橘が阿部に話かける。
橘「終わりですか?」
阿部「ああ、彼の魂は、この中にある」
阿部が人型を見せる。

○車中(早朝)
走行している車内。
運転席に阿部、助手席に橘。
外は夜が明け始めている。
阿部「初めての儀式、疲れただろ」
橘「え?はい」
阿部「まだ、本番用の道具の準備ができただけ、だから」
橘「はい、分かってます」
阿部「今日はこの後、しっかり休んで」
橘「はい」
阿部「ここから先は命を落とすこともある、引き締めて来い」
橘「がんばります」

(続く)

怨魂師(2)

<加藤家からの帰り道の続き>

○駅前(昼)
阿部と橘が歩いている。
阿部が足を止める。
阿部が家電量販店に目を向けている。
橘「どうしました?」
阿部「あれ」
家電店の店頭に置かれたテレビにはニュースが流れている。
暴走した車が母娘をひき殺したというニュース。
事故現場で泣き崩れる早川功(33歳)の姿。
ニュースの内容から、亡くなったのは早川の妻と娘であることが分かる。
阿部がジッとニュース映像を見ている。
橘が阿部の顔を見る。

○マンション/外観(昼)
郊外型マンション。
早川宅がある。

○早川宅/玄関(昼)
中から早川がドアを開ける。
阿部「この度は、すみません」
橘「ありがとうございます」
阿部と橘はコートを着ており、季節が変わったことが分かる。

○同/リビング(昼)
テーブルを挟んで早川と阿部、橘が座っている。
早川が阿部、橘の名刺を持っている。
名刺の肩書きは「特別財団法人 交通遺児協会 ケアスタッフ」。
阿部「もちろん我々としても早川さんの心情は理解しております。無理にとは申しません」
橘「心の準備が整った時で構いません。協会が主催する講演会は定期的に行われていますので」
早川「講演・・・ですか」
阿部「被害に逢われた方の言葉で伝えることが、第二、第三の事故を防ぐことに繋がると我々は考えています」
阿部と橘が早川を見つめている。
早川「ボランティアなんですね」
橘「ええ、無料講演ですし、謝礼が出るようなモノではありません。もちろん移動などの交通費は協会で負担をしますが」
早川が無言で考え込む。
早川「本当を言うと、誰にも会いたくなかったんです」
阿部「あれから」
早川「ええ、あの事故から、訪ねてくるのは、野次馬みたいなマスコミと、本を出しましょうという」
橘「出版プロデューサー?」
早川「そうです、胡散臭い人が大勢来ました。あとは創価学会とかヘンな新興宗教とか。すっかり嫌になって、外の世界とは接触を断ってたんです」
阿部「話を聞いていただいて感謝します」
早川「いえ、そんな」
橘「心の傷が癒えてからで構いません、ご検討ください」
早川「講演は、どういった所で」
阿部「交通刑務所です」
早川の表情が険しくなる。
阿部と橘が早川をじっと見る。
早川「本気ですか・・・」
阿部「あれから、怒りがおさまったりは」
早川「怒り?(語気を荒げて)当たり前でしょう。妻と娘のことは、いつだって忘れたことありませんよ」
阿部「この後も?」
早川「もし、アイツに会う機会があれば、今すぐ、この手で・・・」
思い詰めた表情を浮かべる早川を阿部が見ている。
阿部「自分を責めたことはありませんか?」
早川「もちろんです、アイツに復讐ができないなら、自分が二人の所に行ければって・・・何度も、何度も、でも、その度に、妻と娘の声が聞こえるんです、「止めて」って」
阿部がうなずく。
阿部「もし、あなたに覚悟があれば、怨みや憎しみを、人の役に立てることができます」
早川が阿部の顔を見る。

○同/玄関(夕方)
中から阿部と橘が出てくる。
阿部が中にいる早川に話しかける。
阿部「では、また」

○道路(夕方)
阿部と橘が歩いている。
橘「覚悟しますかね」
阿部「ああ、間違いない。いつでも対応できるよう準備を頼む」
橘「はい」
阿部「あれは使える」

(続く)

怨魂師(1)

○ゴミ屋敷/外観(昼)
軒先までゴミが溢れる一軒家。
スーツ姿の阿部晴久(34歳)、橘澄果(28歳)がゴミ屋敷の玄関前に立っている。

○同/玄関前(昼)
橘がハンカチで鼻を押さえている。
橘「出てきますかね?」
阿部「ハンカチ」
橘がハンカチを外して、バックにしまう。
阿部が玄関をノックして声を出す。
阿部「すみませーん!片野さん、片野さーん」
阿部が玄関のドアを開け、奥に向かって問いかける。
阿部「片野さーん、市の職員の者です、ご在宅ですかー?」
阿部と橘が奥を見ている。
奥に積まれたゴミが動き、屋内から人の声がする。
屋内からの声「誰!」
阿部「ちょっとお時間いいですか」

○同/屋内(昼)
ゴミに囲まれた中で、阿部と橘が住民の片野茂(61歳)と立ち話をしている。
片野が二人からもらった名刺を見ている。
二人の名刺の肩書きは「白城市 保健局 嘱託民生員」。

○路上(昼)
阿部と橘が歩いている。
阿部「あれは、ただのキチガイだな」
橘「ダメですか?」
阿部「世間に対する怨みがない、人への憎しみとかさ、そういうのがない。イカれてるだけじゃ使えない」

○加藤家/外観(昼)
阿部と橘が玄関前に立っている。

○加藤家/玄関前(昼)
阿部と橘が立っている。
玄関のドアが内側から開き、加藤君枝(59歳)が顔を出す。
君枝「本当にわざわざ、すみません、どうぞ」
君枝が二人を中に招き入れる。

○同/居間(昼)
阿部、橘と君枝がテーブルを挟んで座っている。
阿部「もう、どれくらいになりますか?
君枝「会社を辞めて戻ってきてからです、4年位前から・・・」
阿部「それから、ずっと?」
君枝「ええ、こうしてケアの方に来てもらうのは初めてで」
君枝の前には二人の名刺が置かれている。
名刺の肩書きは「NPO法人 心のケアセンター ボランティアスタッフ」。
橘「辞めた会社のことは?」
君枝「あの子も詳しく話したがらないんですけど、ブラックっていうんですか?そんな話を・・・。私も、社会人の経験がある訳じゃないもんですから、なんて声をかけたらいいのか」
阿部が時計を見る。
時計は12時過ぎ。
阿部「息子さん、食事やトイレは、どうしてます?」
君枝「食事は部屋の前に。トイレの時だけは部屋から出てきます」
橘「今日は?」
君枝「トイレは、お二人が、お見えになる前に降りてきてました。食事は、朝昼一緒で、だいたい1時頃に」
阿部「それ、我々が持っていきますよ、話ができるかもしれない」
橘「用意、お願いできますか?」
君枝「はい。じゃぁ、少し待っていてもらえますか?」
君枝が立ち上がり、居間から出ていく。
橘「どうですか?」
阿部が首を傾げる。
阿部「まだ分からんね」

○同/玄関前(昼)
阿部と橘が出てくる。
奥で君枝が頭を下げている。
阿部「では、また」

○道路(昼)
阿部と橘が歩いている。
橘「ダメですか?」
阿部「甘えてるだけ、怨みじゃない」
橘「そうですか・・・」
阿部「そりゃ、少しくらいは怨みは持ってるだろうけど、あれじゃ弱い、使えない」
橘「見つかりますかね」
阿部「見つけるのが仕事」
二人が歩いていく。

(続く)