革命的アイドル
○東京ドーム・外観(夜)
○ドーム内・ステージ(夜)
球場内に設置された大きなステージで沖田媛子(20歳)が歌を歌っている。
媛子は清潔感のある歌声の持ち主。
数万人の男女の観客が媛子を見ている。
歌い終えた媛子が観客に話しかける。
媛子「ありがとー!」
観客が歓声で応える。
○児童施設・外観(昼)
孤児や子育てを放棄された子供たちの施設。
○同・食堂(昼)
カジュアルな服装の媛子が子供たちと合唱をしている。
媛子が楽しそうに合唱の指導をする。
子供たちが笑顔を浮かべる。
食堂には媛子と職員と子供しかいない。
○シネコン入口(昼)
老若男女で混雑していている様子。
○同・チケット売場(昼)
列の先頭の若いカップル客がチケットを買っている。
若い客「「恋桜」2枚」
窓口「申し訳ございません、「恋桜」、本日分は売り切れとなっております」
若い客「一番小さいスクリーンで良いんですけど」
窓口「申し訳ございません、スクリーンは3つご用意しているんですが、いずれも完売となっておりまっして」
若い客「ああ、そうですか」
カップル客が去り、初老の男性客と入れ替わる。
初老客「「恋桜」」
窓口「申し訳ございません・・・」
○老人ホーム・外観(昼)
媛子の歌声が聞こえる。
○同・食堂内(昼)
媛子が老人たちの前で昭和の歌謡曲を歌っている。
老人たちが楽しそうに拍手をしている。
食堂には媛子と職員と老人の他は誰もおらず、媛子が個人的に訪問をしていることが分かる。
○NHK・外観(夜)
渋谷、NHK。
○同・会議室(夜)
幹部クラスの職員が集まっている。
ホワイトボードには「紅白キャスティング 紅組司会 沖田媛子」の文字。
前席のチーフプロデューサーが全員に話しかける。
チーフプロデューサー「紅組の司会、スタッフは満場一致で沖田媛子。事務所行政は問題ないよね?」
プロデューサーA「ビー系は一言、二言、口を挟んでくるかもしれないですけど、実績が圧倒的ですからね、歌、ドラマ、映画、海外進出。「来年は日本にいないかもしれないし、最初で最後の司会になるかもしれないんですよ」って説明すれば文句を言ってくる事務所もないでしょう」
チーフプロデューサー「心配するとしたらスキャンダルくらいだけど」
プロデューサーB「番組で1ヶ月密着したことあるんですけど、朝からの現場が夕方に終わったら、そのまま深夜まで次の仕事に向けたレッスン、その繰り返し。本当に一ヶ月、それだけの生活してるんだから、そりゃ世界で通用するアイドルになるよ、芸能界の怪物、アイドル・モンスター」
チーフプロデューサー「有名になりたいだけの三流とはモノが違うね、強力な信念に突き動かされてるって感じだな」
プロデューサーC「知り合いの芸能記者に聞いたんですけど、「ずっと張ってりゃ、スクープ撮れるだろう」ってカメラマンが半年張ってたそうなんですよ、で、年に1日、2日のオフの日に何やってたと思います?」
チーフプロデューサー「なに?」
プロデューサーC「福祉施設の慰問、事務所を通さずに一人で訪ねて」
チーフプロデューサー「マジで?ボランティア?」
プロデューサーC「事務所に確認したら、そんな営業は知らないって」
プロデューサーA「それ記事になったの?」
プロデューサーC「それが、記事にしようとしたら、事務所から話を聞いた沖田本人から編集部に連絡があって、「訪問した施設に迷惑がかかるから止めて下さいって」、それで掲載は止めたそうですけど」
プロデューサーB「カッコいい!」
チーフプロデューサー「じゃ、次、白組の司会」
会議が続く。
○警視庁/外観(夜)
○同内/ハイテク犯罪捜査室(夜)
捜査員たちがパソコンを操作している。
室内脇の打合せテーブルで佐野誠(34歳)と葉山幸広(40歳)が話をしている。
葉山「佐野ちゃんも見た?」
佐野「見てはないですけど、ファイルが出回ってるのは知ってますよ」
葉山「これなんだけどさ」
葉山がタブレットPCのモニタをタップする。
モニタは脱衣所の盗撮映像が映し出される。
誰もいない脱衣所に媛子が入ってくる。
芝居のセリフを暗唱しながら媛子が服を一枚、一枚脱いでいく。
佐野「本人ソックリ、似てますねぇ」
葉山「(小声で)本物なんだよ」
佐野と葉山が小声で会話を続ける。
佐野「んなバカな」
葉山「ワタベプロから依頼が来たんだ」
佐野「ワタベプロから?」
葉山「一日警察署長とかで、ウチの上とルートあるだろ、直々に会長が訪ねてきて、あれは本物だから何かの策を講じて欲しいって」
佐野「マジですか?事務所が認めた本物?」
葉山「ファイルは、この脱衣所と風呂、トイレとか4パターン位あるそうだ」
佐野「4パターンも」
葉山「ファイルの名前が色々あって、まだ全部は把握しきれてないから、そいうのも含めて、ネットに流れたルートを突き止めて欲しいんだよ」
佐野「でもネットに流した犯人が盗撮犯ってワケじゃ」
葉山「そこから先は、また別の捜査に預けるから、とにかく、流出経路を探って欲しいんだよ」
佐野がタブレットPCを見る。
佐野「もう、かなり出回ってるんでしょ?」
葉山「朝からネットは祭りだって。それに沖田媛子って、今、海外でも人気あるだろ、世界規模でみたら百万単位、下手したら千万単位で出回ってるかもな」
佐野「沖田にしてみりゃ、どえらい災難ですね」
葉山「いくら有名税っていったって、芸能界史上最高だよな」
○都心遠景(夜)
都心の夜景。
○沖田媛子邸/リビング(夜)
沖田媛子の住むマンション室内。
時計の針が23時50分を指している。
沖田がキャリーバックのファスナーを閉める。
キャリーバックの中には札束が積められている。
沖田がキャリーバックとボストンバックを手に立ち上がる。
媛子が電気を消し、部屋を後にする。
○警視庁/ハイテク犯罪捜査室(夜)
佐野がパソコンのモニタを眺めている。
時計の針が23時55分を指している。
○エレベーター内(夜)
媛子が下りエレベーターに乗っている。
○警視庁/ハイテク犯罪捜査室(夜)
パソコンを操作する佐野が、身を乗り出してモニタを見つめる。
時計の針は23時58分。
○マンションロビー(夜)
媛子がマンションから出ていく。
○警視庁/ハイテク犯罪捜査室(夜)
佐野が気になる部分を指で追いながらモニタを見ている。
時計の針が0時0分を指す。
モニタの文字列が崩れていく。
佐野「あれ?」
○都心遠景(夜)
夜景の灯りが徐々に消えていく。
車のクラクションが至る所で鳴り響く。
○静川駅/駅前(昼)
佐野誠(42歳)が駅から歩いてくる。
駅前には活気のある商店街が並んでいる。
商店街は昭和30年代頃の雰囲気。
商店街の買い物客でゴッタ返しており、八百屋で買った農作物をリュックに背負って歩いてる者もいる。
○駅前/バス停(昼)
佐野がバス停に辿り着く。
佐野が腕時計を見る。
11時。
バス停の運行表の次のバスは13時。
○駅前/米屋
佐野がバス停近くの米屋に入り店主に声をかける。
佐野「すみません、この辺りでタクシー捕まえられるところってありませんか?」
店主「タクシー?電話で呼べば来るとは思うけど、どっち方面?」
佐野「豊明村の方に」
店主「豊明?あー、ちょっと待って」
店主が急いで店の外に出ていく。
○駅前/路上
シンプルな外見の運搬トラックが止まっている。
店主が佐野を連れてくる。
店主が荷物を積んでいるトラック運転手に話しかける。
店主「山ちゃん、この人」
運転手「豊明のどの辺?」
佐野がポケットから紙を取り出す。
紙には住所と地図が手書きで書かれている。
運転手が佐野の紙を見る。
運転手「ああ、先生のトコか、帰り道だ、いいよ、後ろに乗りなよ」
佐野「代金は?」
運転手「困った時はお互い様。先客もいるし、何人乗っけても一緒だよ」
佐野がトラックの荷台を見ると、他にも何人か人が乗っている。
店主「助かったよ、(佐野に)ね!」
佐野「助かります、ありがとうございます」
○郊外の道路(昼)
トラックが畑沿いの道を走り抜けていく。
佐野が畑沿いの道を歩いている。
○農園(昼)
子供たちと畑仕事をしている女性の元に佐野が子供Aに連れられて歩いてくる。
子供A「先生、お客さん」
女性が顔を上げると、沖田媛子(28歳)である。
沖田「え?」
子供A「また、先生のファンでしょ」
沖田が微笑む。
沖田「昔、応援していただいていた方ですか?」
佐野が真顔のまま答える。
佐野「いえ、そういうんじゃないんですが」
沖田が佐野を見る。
佐野の表情は真顔のまま。
沖田の表情も徐々に真顔になる。
沖田「なにか、ご用件が?」
佐野「お話を伺いことがありまして」
佐野と沖田が見つめ合う。
沖田「お一人?」
佐野「ええ、いくつか確認させてもらいたいことがあって」
沖田が子供たちに微笑む。
沖田「(子供たちに)先生は、お客さんのお相手をして、すぐに戻ってくるから、ちょっと待っててね」
子供たち「はーい」
子供たちが農作業を続ける。
沖田と佐野が遠くに見える学園施設に向かって歩き始める。
○農道(昼)
沖田と佐野が歩いている。
沖田「静川駅から?」
佐野「ええ」
沖田「駅前は賑やかだったでしょう?」
佐野「この辺りで取れる、野菜の買い付けに来てる人も多かったですよ」
沖田「うちの農場の野菜も卸してます」
佐野「でも、今は東京の駅前もあんな感じですよ、コンビニやらスーパーもなくなりましたからね」
沖田「この辺りも昔はショッピングモールが出来て、個人商店が無くなってた時期があるそうですけど」
佐野「時代は変わりました」
沖田「変えられるんです。私は今の町の方が好きですよ、人々の活気と温もりを感じますから」
佐野「そうですね」
○学園施設内/事務室(昼)
テレビやパソコンなどのOA機器のない事務室。
電話もダイヤル式の電話である。
事務室には沖田と佐野しかいない。
沖田がヤカンから麦茶をコップに入れ、佐野に差し出す。
沖田「すみません、麦茶しかなくて」
佐野「全然、構いません」
沖田がテーブルを挟んで佐野と向かいって座る。
沖田「話を聞くために、わざわざ東京から?」
佐野「ええ、8年かかりました」
沖田「探し出すまで?」
佐野「パソコンで情報の送信も受信も出来なくなりましたし、通信手段が電話と郵便だけですからね、人捜しに時間がかかるようになりましたよ」
沖田が微笑む。
沖田「情報の共有ができなくなったからって、人々が不幸になったワケじゃないでしょう?」
佐野「確かに犯罪発生率は減少しましたね。分析では人と人が直接ふれあう機会が増えたから抑制されているという意見もあります」
沖田「お仕事は、そういうご関係?」
佐野「警視庁です」
沖田「そうですか」
佐野「コンピューターが自由に使えた頃はハイテク犯罪の部署にいたんですよ」
沖田「今はどちらに?」
佐野「町のお巡りさんです、ま、警官の7割が派出所勤務になりましたからね」
沖田「戻りたいですか?」
佐野「いや、今の方が充実してますよ。町の人たちから信頼されてる仕事なんだって実感があります」
沖田「うちにも、大きくなったらお巡りさんになりたいって子、たくさんいますよ」
佐野「ここは、仲間の方と?」
沖田「ええ、共同運営です。同じ理想を持った仲間が集まって」
佐野「いつ頃から関わってるんですか?」
沖田「今年で8年になりますね」
佐野が麦茶を飲む。
佐野「私、実は、あなたに関する捜査を担当していたんですよ、
ハイテク犯罪の」
沖田が表情を変えずに答える。
沖田「私を捜査していたんですか?」
佐野「いえ、あなたのファイルが出回っていたでしょう、ご存知ですよね?」
沖田「あぁ、その件ですか」
佐野「流出経路を捜査していたんです」
沖田が佐野を見ている。
佐野「でも、全世界のコンピューターが暴走を始めたんです。ウィルス感染したパソコンが無尽蔵にメールを発信し始めて、受信したパソコンもまた暴走を始めた、ちょうど、あの時です」
沖田「新しい世界が始まった日」
佐野「世界が崩壊した日です。それまでの産業も工業も文化も、全てがコンピューター登場前にリセットされた」
沖田が表情を変えずに答える。
沖田「崩壊、そう言うと人々が不幸になったように聞こえますね」
佐野「不便にはなったかもしれない」
沖田「でも、不便になっても、不幸にはなってないでしょう?」
佐野が微笑む。
佐野「ええ」
沖田が微笑む。
沖田「失ったんじゃなくて、取り戻したんだと思いますよ」
佐野「なにを?」
沖田「豊かな心を」
佐野が「ふふ」と笑う。
沖田「聞きたかったのは、こんなお話?」
佐野「いえ、捜査の報告に来たんです」
沖田「なにか分かったことが?」
佐野「ご存知の通り、あの時、ネット接続していたパソコンやサーバは全て破壊されました。助かったパソコンも、貴重な資源として隔離されてしまいましたから、流出した映像の経路を探ることは不可能です」
沖田「そうなんですか」
佐野「しかし、暴走を始める直前、ファイルをソースコードの状態で検証してたんです」
沖田「ソースコードで?」
佐野「ええ、映像として見るのではなく、元の数値データで見れば分かることがあるんじゃないかと思って」
沖田「それで何か?」
佐野「映像ファイルの背後に何かのプログラムが隠されていたようです、メールソフトに関するプログラムだと思います」
沖田「へぇ、そんなことが」
佐野「まぁ、今となっては確認のしようのない話ですがね」
沖田「でも、どうして、そんな話を私に?」
佐野「あなたの映像ファイル、全世界で1000万以上のパソコンにコピーされてたんです。そのファイルを感染源としてパソコンが一斉に暴走を始めたら、あんな事態を起こすことも、さほど難しくはないんじゃないかなぁと」
沖田と佐野が無言で向き合う。
沖田「もし、映像のファイルがウィルスの感染源だとしたら、映像に映っている私にも責任があると?」
佐野「いえ。ただ、私が思ったのは、あんな映像、どうすれば撮影できるのかなと」
沖田と佐野が無言で向き合う。
沖田が「ふっ」と微笑む。
佐野が微笑む。
佐野「この場所に辿り着くまで、アイドルだった頃のあなたを知る人たちに話を聞きましたよ」
沖田「どんな話が聞けましたか」
佐野「アイドルの枠を超えた強烈な信念を感じさせる存在、大きな使命に向かって突き進んでいたようだったと」
沖田「そんな、大げさな」
佐野「その信念は、どこから生まれてきたのか?もし、あなたの周りに社会を変えようという意志を持った仲間がいて、あなたに何らかの役目を託していたなら・・・というのは、あくまでも妄想ですけど」
沖田「それで、結局、私に何を確認しようと?」
佐野「これまでの話で充分です。ずっと抱えていた疑問に決着がつきました」
沖田「もし、刑事さんが頭の中で考えてることが真実だとしたら、世界の人は、私のことを憎んだり、恨んだりするのかしら?」
佐野「少なくとも、自分は今の生活の方が好きですよ、生きている実感がしますから」
沖田「良かった」
○農道(昼)
佐野と沖田が歩いている。
沖田「お祭りの時は子供たちをレッスンして舞台に立たせてるんですよ」
佐野「ご自分は?」
沖田「リクエストがあれば、私も」
佐野「みんな喜ぶでしょう?」
沖田「ええ、お客さんも喜んでくれるし、やっぱり自分も楽しいんです」
農作業をする子供たちが沖田に気づく。
子供「せんせーい!」
沖田が子供たちに手を振る。
佐野「じゃ、私は」
沖田「本当に大丈夫ですか?駅まで2時間くらいかかりますし、施設でバスの時間を待ってても」
佐野「途中で車が通りかかったら、きっと駅まで乗せてってくれますよ」
沖田「まぁ、この辺りは、困った時はお互い様で親切な人が多いですし」
佐野が微笑む。
佐野「それが、あなたたちが理想とした世界でしょう?」
沖田が微笑む。
佐野「じゃ」
佐野が沖田に会釈をして歩き始める。