ニュースを読んで適当にシナリオを書き散らかすブログ

ニュースにザッと目を通して、20分くらいでガッと書き飛ばします。

秒速で会社を辞めた男

○公園(昼)

晴れた日の公園。

ジーンズ姿の坂本寿(22歳)がベンチに座って、テイクアウトのハンバーガーを食べている。

前を通りがかった近藤武(70歳)が坂本に声をかける。

近藤「隣、良いですか?」

坂本がハンバーガーを食べながら、ベンチの端に尻をずらす。

近藤が座る。

近藤「学生の方?」

坂本はハンバーガーを頬張って、答えない。

近藤「ゆっくりと公園で食事してるから学生さんかと思って」

坂本「いや」

坂本がドリンクを飲む。

坂本「辞めたんすよ」

近藤「辞めた?」

坂本「新卒で会社に入ったですけど、このままじゃダメになるなって思ったから、ちょうど10日で辞めたんすよ」

近藤「10日?」

坂本が袋からハンバーガーを取り出し、食べながら受け答えする。

坂本「学生の頃から使う側の人間になろうと思って起業家セミナーに通ってて、別に会社に務めなくても良かったんですけど、一度、様子を見とくのもいいかなと思って」

近藤「でも10日じゃ」

坂本「入社3分くらいで分かりましたね、この会社にいても自分のキャリアに何のプラスにもならないって。ベンチャーで成功した経営者の本を何十冊も読んでると、分かってくるんですよ、伸びる会社、伸びない会社っていうのが」

近藤「それで今は」

坂本「しばらく休んで、その後、自分みたいに起業家を目指してる仲間がいるんで、一緒に動いてみようかと。これからの人生は、チャッチャと勝ち組に回る番で」

近藤「まぁ、まだまだ時間はかかるよ、気楽にね」

坂本「はい?」

近藤「まだ自覚がないようだけど、君の肉体は、こうなったんだ」

近藤の目の前、空中にスクリーンが現れる。

スクリーンには坂本がオフィスの中を歩いている様子が映っている。

坂本「ちょっと、なにコレ!マジで?プロジェクションマッピング?特許取ってます?これビッグ・ビジネスですよ」

近藤「いいから、この映像を見なさい」

坂本「共同経営者でどうですか?メディアに出ていくのは、自分がやります、若い経営者の方が話題になるでしょ、最初はアルマーニとか着てチャラい感じで派手に取材受けて話題を作って、徐々にシックなスーツにチェンジ、で、そのスーツでオリジナルのブランドを立ち上げて、アパレル業界にも進出して、セルフ・プロデュース、わかります?自分をブランディングするっていうのは重要なんですよ」

スクリーンにはオフィスの入口を出ていく坂本の様子が映されている。

近藤「映像を撮影した記憶はないだろ?不思議に思わないのか?」

坂本「なに?CGですか?」

スクリーンには、オフィスの入口を出た通りを横切ろうとした坂本がトラックと衝突する映像が映し出されている。

坂本「これって?」

スクリーンには、坂本の葬儀の様子が映されている。

坂本「え?」

スクリーンが消える。

坂本「今のどうやってんすか?あの技術、すげぇ金の匂いがするんですけど」

近藤「気づかないのかな」

坂本「何がっスか?」

近藤「君の肉体は死んだんだよ。辞表を出した後、会社の前の道路に飛び出しただろ、そこで車と衝突して」

坂本「はぁ?」

近藤「肉体は死んでも魂は死なない。カルマを清算、つまり魂が綺麗になるまで、もう一度、人間に生まれ変わる」

坂本「元の体に?」

近藤「違う、赤ん坊からやり直しだ」

坂本「ちょっと、それコストパフォーマンス悪くないですか、また何年もかけて、人生をやり直すんですか?」

近藤「修行は永遠に続く、本当に大切なことに気づくまで」

坂本がドリンクを手にして、飲み干す。

坂本が苦笑いする。

坂本「おじいさん、家は?勝手に外に出歩いちゃダメでしょ?」

近藤「私をボケ老人とでも?」

坂本「大丈夫、家まで連れてくから」

近藤がセーラー服姿の可愛い女の子に変化する。

近藤「ここは、自分が死んだことに気づいていない魂が辿り着く想念の世界だ」

女の子姿の近藤が巨大化する。

坂本が驚いて立ち上がる。

近藤が女の子から巨木に変化する。

近藤「ここは、今まで君が生きてきた世界じゃないんだよ」

近藤が急激に小さくなり、子犬になる。

近藤「君が大好きなのは、これだろ」

坂本の頭上から札束が降ってくる。

坂本「うわぁ、金だ!」

坂本がハシャぐ。

坂本が札束をかき集める。

坂本「もらってのいいの?」

近藤「ああ」

坂本「もっと」

坂本の頭上から金貨が降ってくる。

坂本「うわぁ!」

近藤が最初の姿に戻る。

近藤「あらゆるものが手に入る」

坂本の周りの札束と金貨がゴキブリとムカデに変化する。

坂本「ギャー!」

ゴキブリとムカデが一瞬にして消える。

近藤「しかし全ては幻だよ」

坂本が呆然としている。

近藤「手にする夢は夢ではない」

坂本「なんだ、今のは?どうなってる?」

近藤「この後、もう一度、人間の肉体に生まれ変わる順番を待つ。魂は何千、何万の人生を経験して磨かれていく」

坂本「すぐに?」

近藤「すぐにではない。魂の状態に合わせて学びの場が与えられる。そこで順番を待つのだ」

坂本「すぐに生まれ変わらせて欲しいんですけど」

近藤「どうして?」

坂本「この話を本にしたらベストセラーじゃないスか?テレビに売り込んでレギュラー持って信者つかめば、あとは講演会とか回していけば、結構なビジネスになると思うんすよ」

近藤「今までの記憶は全て失われる」

坂本「そこをなんとか、頼みますよ、できますよね?」

辺りの景色が透け始める。

坂本「あれ?」

光が急に暗くなる。

坂本「どうしたんですか?」

坂本の体も透け始める。

坂本「ちょっと?」

坂本の姿が消える。

真っ暗な世界に近藤が一人で立っている。

近藤にスポットライトが当たる。

天から声が聞こえてくる。

天の声「あの魂、どちらに進ませますか?」

近藤「地獄の方でお願いします」