あの実験は成功した
○高田家/外観(昼)
○同/台所(昼)
高田節子(57歳)が炊事をしている。
テーブルの上に「東京銘菓・ひよこ」の包装紙に包まれたお土産。
椅子に座って高田実(28歳)がコーヒーを飲んでいる。
実「父さん、いつものトコ?」
節子「たぶん」
実がコーヒーを飲み干す。
実「行ってみよ」
節子「びっくりするよ」
実が立ち上がり、台所から出ていく。
○河原(昼)
小さな川の河原。
木陰に高田賢一(60歳)が座って本を読んでいる。
実が後ろから声をかける。
実「父さん」
賢一が振り向く。
賢一「おぉ帰ってたのか?」
実が賢一の隣に腰掛ける。
実「教授が海外の会議に出席するっていうんで」
賢一「そんなことで研究室が休みになるのか?」
実「研究はやってるけど、助手は交代で休みとってる」
賢一「そうか」
賢一と実は川の方を眺めている。
実「あのニュース見た?」
賢一「なに?」
実「STAP細胞」
賢一「あぁ」
実「どう思う?」
賢一「ん?」
賢一が浅い溜息をつく。
賢一「ま、難しい話だな」
賢一と実が川の方を眺めている。
実「読んだよ、父さんの論文」
賢一は川を眺めたまま。
実「教授が量子研の坂井教授の弟子に当たる人だからさ、坂井教授の論文を調べてたら、「常温量子変動」の論文、主任研究員・高田賢一、あれ父さんでしょ、びっくりしたよ」
賢一「読んだのか?」
実「軽くね。でも、何で今まで、そういう過去を黙ってたワケ?」
賢一「いいじゃないか。で、どう思った?」
少しの間が空く。
実「夢のある研究だよね」
賢一が「ふっ」と笑う。
実「学会で叩かれても、研究続けりゃ良かったのに。助手だった坂井教授が日本の量子力学の第一人者になってんだから、いいトコ行けてたかもよ」
賢一が川を眺めている。
実「そこから中学の理科の先生って」
賢一「研究者も中学の先生も同じだよ。どちらも大切な仕事」
実「そりゃ、そうだけどさ」
賢一「おまえは、どう思った?」
実「なにが?」
賢一「STAP細胞」
実「どうだろうね」
賢一「研究は不思議な世界だからな」
賢一が近くの小石を手に取って立ち上がる。
賢一「あの杭に当てられるか?」
賢一が川の中州に立つ杭に向かって小石を投げる。
小石は杭に当たらない。
実も立ち上がって小石を投げる。
小石は当たらない。
賢一「しかしな・・・」
賢一が小石を手にして、じっと念じる。
賢一が小石を投げると杭に当たる。
賢一「どうして当たったと思う?」
実「感覚を掴んだんだろ」
賢一「どうやって?」
実「腕の振りとか」
賢一が再び小石を手にして投げる。
石が杭に当たる。
賢一「どうやって腕の振りを調節する?」
実「大脳からの信号で」
賢一「大脳からの信号?具体的に」
実「シナプスを通じた電気信号」
賢一「だったら当ててみな」
実が石を手にして投げる。
杭には当たらない。
賢一が石を投げる。
石が杭に当たる。
賢一が続けて石を投げる。
石が杭に当たる。
実「すごい」
賢一「何千、何億とある体中の筋肉に信号を送るなんて出来るわけがない」
賢一が石を投げ、杭に当たる。
賢一「当たると信じて念じる、そうすれば自然に当たるんだ」
賢一が実に石を渡す。
実が石を投げるが杭には当たらない。
賢一「まだ信じ方が甘いな」
実が「ふっ」と笑う。
賢一「彼女は実験に成功してるよ」
実「STAP細胞?」
賢一「成功を確信して実験に挑めば、そういう結果が出ることがある」
実「父さん・・・」
賢一「ただし証明はできない。そこに作用している力が今の科学で証明できない以上は」
実「父さんの研究も・・・」
賢一「成功した、何度も、間違いない・・・」
実「意志の力が物理的な作用をもたらした・・・超能力?」
賢一「これ以上の解明はできないと思った、だから研究者を諦めた」
実が石を手にとって投げる。
杭には当たらない。
実「ダメか」
賢一「変な力が働かない方がフラットな研究ができる、お前は向いてるよ、研究者に」
賢一が振り向いて歩き始める。
実が後からついてくる。
実「父さんの、その力、研究させてよ」
賢一が微笑む。
賢一「まだ早い、これは500年位先の研究テーマだ」
実が微笑む。