想い出は波の彼方に
○富沢家/玄関前(夕方)
大柄の白人男性・ウィリアムズ(75歳)が手にしたメモを見ながら、表札を確認している。
○同/居間(夕方)
卓袱台が置かれた8畳ほどの居間。
富沢昭夫(54歳)がウィリアムズを見ながら座っている。
ウィリアムズは仏壇の前に正座し、手を合わせている。
祈りを終えたウィリアムズが昭夫の方へ体を向け、会釈しながら座り直す。
ウィリアムズ「ありがとうございました」
富沢貴代(52歳)がお茶と菓子を持って入ってくる。
貴代「お茶しかないですけど」
ウィリアムズ「おぉ、気を使わないで」
昭夫「イギリスから来たんだって」
貴代がお茶を出しながら座る。
貴代「イギリス?」
ウィリアムズ「イギリスの前は日本に8年間、住んだことがあります」
昭夫「そうですか、どおりで日本語が」
貴代「お仕事?」
ウィリアムズ「武術を学びに」
昭夫「武術?」
ウィリアムズ「柔道、剣術、空手、合気道・・・、当時からバロン・トミーを探していたんです」
貴代「バロン?」
昭夫「祖父さんのことだって」
貴代「お義父さん?」
昭夫「いや、俺の祖父さん、会ったことなかったかな?」
貴代が首を傾げる。
ウィリアムズ「私たちはバロン・トミーと呼んでました」
貴代「(昭夫に)お義祖父さんて、イギリスに住んでたの?」
昭夫「さっき初めて聞いたよ」
ウィリアムズが胸元から封筒を取り出し、中から古びた白黒写真を数枚取り出す。
写真にはピエロに混じって髭を生やしたサムライ姿の東洋人の姿。
ウィリアムズ「私たちのファミリーはサーカスで働いていました」
貴代「サーカス?」
ウィリアムズ「そこにバロン・トミー、トミサワさんがいたんです」
昭夫「それが祖父さんだって」
貴代「聞いたことないの?」
昭夫「初耳。(ウィリアムズに)いつ頃の話ですか?」
ウィリアムズ「バロンのファミリーがいたのは、まだ戦争の起きる前ですね」
昭夫「ファミリーって?」
ウィリアムズが別の写真を昭夫たちに見せる。
写真には白虎隊の格好をした幼い男の子が写っている。
ウィリアムズ「ビャッコ・エンジェル」
昭夫「白虎?」
ウィリアムズが手にした他の写真に芸者姿の女性。
ウィリアムズ「サムライ・ウォリアー、ゲイシャ・レディ、ビャッコ・エンジェルの3人、バロンのファミリーです」
昭夫「だとしたら、この男の子が、親父?」
貴代「面影はあるわよね」
ウィリアムズ「ケンと呼んでました」
昭夫「あぁ、そうでしょう、親父の名前、健次郎ですから」
貴代「お義父さんが、そんなことを」
昭夫「真面目で堅物の親父だったんだけどなぁ」
貴代「・・・でも、急に、そういえば雅彦をサーカスに連れてったことがあったじゃない」
昭夫「あったっけ?」
貴代「雅彦が行きたがってたんだけど、仕事か何かで放っといたら、急に雅彦がいなくなって、お義父さんが連れてってくれたことが」
昭夫「覚えてないな」
ウィリアムズ「本人は覚えてたんですよ、子供の頃を、懐かしくて」
昭夫「確かに白虎隊のテレビは良く見てたな、・・・。生きてる時に教えてくれりゃ良かったのに」
昭夫が仏壇の方を見る。
ウィリアムズ「私はバロンに日本武術の基礎を学んだのです」
昭夫「祖父さんに?」
ウィリアムズ「戦争の後、もっと武術の勉強をしたくて日本に来ました。そこで武術の関係者にバロン・トミーを知らないかって探したんですが見つけられず・・・」
昭夫「そうですか」
貴代「今回は、どうして?」
ウィリアムズ「3年ほど前、ひどい病気をして、もう長くないかなと思った時に、古いアルバムを整理したんです」
ウィリアムズが封筒から古びた絵葉書を取り出す。
富士山の絵葉書、宛名に「KISABURO TOMISAWA "BARON TOMMY"」と書かれている。
ウィリアムズ「この葉書が出てきたんです」
ウィリアムズが絵葉書を昭夫に渡す。
ウィリアムズ「葉書のアドレスはFUKUSHIMA。地震のニュースを見る度にバロンのことを思い出して、もう一度日本に行きたいと願って、元気になれたんです」
昭夫「ありがとうございます」
ウィリアムズ「お礼を言うのは私の方です。それに武術のインストラクターを仕事にできたのも、バロンのおかげですから」
昭夫「地震がなけりゃ、親父もまだ生きてたかもしれないけど・・・、でも地震が起きたからウィリアムズさんが、こうして・・・」
貴代「天国で喜んでるわよ」
昭夫が微笑む。
ウィリアムズも微笑む。
貴代も微笑む。
○同/玄関(夜)
昭夫がドアを開けて、外から入ってくる。
昭夫「ただいま」
○同/居間(夜)
貴代が座ってテレビを見ている。
昭夫が入ってきて座る。
貴代「ウィリアムズさん、電車に間に合った?」
昭夫「ああ」
貴代「わざわざ探して訪ねてくるなんて偉いわね」
昭夫が首を傾げる。
昭夫「祖父さん、あの外人に教えるような武術なんて持ってる訳ないんだよなぁ、うちの家系、武士じゃないんだから」
貴代「わかんないでしょ」
昭夫「たぶん飢饉か何かで食えなくって、日本から逃げ出したんだろう。話聞いてて、途中から申し訳なかったよ」
貴代「デタラメ教えたってこと?」
昭夫が仏壇を見る。
昭夫「ま、丸くおさまりゃ、それはそれで良いけどさ」
昭夫が微笑む。