あぁ無情
○雪道(昼)
雪が降りつもった幹線道路。
動けなくなった車が長く連なっている。
堀哲夫(45歳)がパンの入った箱を持って歩いている。
後ろの車の後部席の窓が開き、両手にパンを持った子供が顔を出す。
子供「おじちゃん、ありがとう!」
堀が振り向いて笑う。
堀「お腹いっぱい食べてね」
子供が手を振る。
運転席の親が、堀に頭を下げている。
堀も会釈を返し、再び前を向く。
停まっている車の運転席の窓をノックする。
窓が開き、高橋賢治(36歳)が顔を出す。
堀「お腹が空いてたら、パンどうですか?」
賢治が堀をじっと見る。
助手席の高橋佳枝(35歳)が賢治に話かける。
佳枝「なに?」
賢治「パンだって」
奥の席から高橋美奈(8歳)と高橋靖(5歳)が堀を見ている。
堀が美奈と靖にパンを手にとって見せる。
美奈と靖が微笑む。
賢治「いくら?」
堀「タダですよ」
賢治が佳枝に話しかける。
賢治「タダなんだって」
佳枝が堀に話しかける。
佳枝「どうして、タダなの?」
堀「商品回収の途中でトラックが停まっちゃって」
佳枝「それ、賞味期限切れの商品ってこと?イヤだ、おたくの会社は、そんなもの人に食べさせるつもり?」
堀「過ぎてても1日くらいだったら、お腹を壊したりは・・・」
堀がパンを手に取る。
佳枝がパンを見て、苦笑いする。
佳枝「ダメ、期限が切れてなくてもダメ、島崎パンでしょ。読んでるんです「食べてはイケナイ」。防カビ剤、防腐剤、加工油脂の塊、悪いけど、ウチではおたくのパン、口にしないようにしてるの、ね」
佳枝が美奈と靖の方を見る。
美奈と靖が曇る。
堀「そうですか・・・」
賢治「あと、島崎パンさんじゃ、どういう決済ルートなんですか?タダでパンを配るって、きちんと稟議とか回してるんですよね」
堀「稟議?」
賢治「僕の会社だとさ、100円単位のお金の動きでも、会社の業務は、稟議を回して決済を取る必要があるワケ、そういう手続きを踏んでるのかって話」
堀「いやぁ・・・、渋滞でお腹を空かせてるんじゃないかと思って」
賢治「あなたの独断で配ってるわけ?怖い、ますます受け取れないよ。後から、そちらの会社内で問題になったりしたら、こっちまで責任が及ぶかもしれないじゃないですか」
佳枝「お腹を壊した時も、運転手さんが全責任を?」
堀「あ、いや・・・。そんなつもりは・・・。じゃ、パンは大丈夫ですか?」
賢治「結構です。アドバイスですけど、これ以上、他の人を巻き込まない方が良いですよ」
堀「すみません、ありがとうございます」
車の窓が閉まる。
堀が前を向いて、前の車へと歩き始める。
堀が運転席の窓をノックする。
○雪道(夕方)
車は立ち往生したまま、長く連なっている。
○トラック・運転席(夕方)
停車中の小型トラック車内。
堀が腕組みをして眠っている。
ドアをノックする音がする。
堀が目を覚まし、窓を開ける。
外に賢治が立っている。
堀「はい?」
賢治「パンもらえないですか?」
堀「全部、配っちゃって、残ってないんですよ」
賢治「ああ・・・そうなんだ」
堀「すみません」
賢治が自分の車の方へ戻っていく。
堀が窓を閉め、再び腕組みをして、目をつぶる。