物語が世界を創る
○神社・境内(昼)
木々に囲まれた境内。
階段を上がり終えた山内隆太郎(32歳)が一息つく。
山内「ふぅ」
山内が背負っていた荷物を下ろす。
四角く梱包され、大きく重たい荷物。
境内と隣接した祈祷所から祈祷客(老女)がデてくる。
客は奥に向かって「ありがとうございました」と深々と頭を下げ、境内を後にする。
すれ違いさまに山内に会釈をする客、つられて山内も会釈をする。
祈祷所の方から「あんた、山内さん?」という男性の声。
祈祷所から神主・葛城譲治(56歳)が出てくる。
山内「はい、山内です」
○神社・祈祷所内(昼)
神棚の飾られた板の間に座布団があるだけの質素な室内。
葛城と山内が座っている。
葛城が神主姿のまま、山内にお茶を出す。
葛城「さっきのおばあちゃんが持ってきたオハギあるんだけど、まだ神さんにお供えしてなくてね、お茶しかなくて申し訳ない」
山内「全然構いません」
葛城「かついで来たのが装置?」
山内「はい」
葛城「あれで中まで見通せるっちゅうわけ?」
山内「傷つけずに物質の構成要素を測定できます、こちらにある竜の骨も」
葛城が笑う。
葛城「うちらの村が奉っとるのは竜の鱗よ」
山内「すみません」
葛城「竜神様は、元々は火の神に仕えとったんじゃけども、神様に黙って火を吹いたり、悪さばっかりするもんじゃから、地上に落とされたんや。それで、この辺りの山も一度は全部焼き尽くされてしもうて」
山内「村に伝わる話ですね」
葛城「山の民たちの祈りが神様に通じてな、神様が竜様に言うた「民を助ければ再びお前を神の元に戻してやろう」。それ以来、うちらは竜を神社に奉り、竜は竜神様として村を守ってくれとるという話じゃ」
山内「その竜の鱗ですか」
葛城「そう」
山内「そんな大切なモノを調査させてくれるなんて、本当に助かります」
葛城「調査は別に構わんよ、あなたの業なんやから」
山内「業?」
葛城「業・・・、因果というか、縁というか」
山内が頷いて、何かを察した表情。
山内「それは祟り・・・ということですか?」
葛城が答えない。
山内「いや、実は、伝説のある施設に調査協力を申し込むと、たいてい祟りとか、呪いを理由にして断られるんですよ、困ってたんです」
葛城「いや、まぁ」
山内「こちらの神社は快く了解をいただいたので、その手の噂を信じていないのかと思ってましたが」
葛城「正直な話、うちらは竜神様を手厚く奉っとりますから、ムゲなことはせんと信じとります、ただ悪う思わないで欲しいんですが、余所から来た人のことを竜神様がどうなさるかは、うちらには関係のないことで・・・」
山内が笑う。
山内「大丈夫です」
山内が立ち上がる。
山内「では調査を始めさせてもらいます。遠くからスペクトルを当てるだけで済みますから、すぐに終わりますんで」
○神社・境内(夕)
山内が荷物を背負っている。
葛城が山内を見送る。
山内「あれは鯨ですね、鯨の髭です。昔、山に住む人たちと海に住む人たちで物々交換があったんでしょう」
葛城「そんなことはどうでもいいんです、うちらの村の者にとっては、あれは竜の鱗以外の何物でもないんですから」
葛城が微笑む。
山内も微笑む。
山内「じゃ、ありがとうございました」
葛城「気をつけて」
山内が階段を降りていく。
○神社・境内(昼)
葛城が境内の手入れをしている。
山内が境内に姿を現す。
山内は生気のない表情を浮かべ、小さなぬいぐるみを手にしている。
葛城「先生?」
山内「お久しぶりです、山内です」
葛城「どうしました、突然」
山内「もう一度、伺いたいと思ってまして」
葛城「研究発表、うまくいきましたか?」
山内は答えない。
葛城「調査に問題でも?」
山内がぬいぐるみを見る。
山内「論文をまとめてる時、息抜きのつもりで散歩に出たんですよ、娘を連れて。いつもの道で、今まで、そんなことなかったのに・・・、娘が急に走り出して、曲がり角を曲がった先で・・・」
山内が唇を噛みしめる。
葛城「どうして、ここへ?」
山内「散歩してる時、山奥の神社に行ってきたんだっていうと、私も行ってみたいなって」
山内が境内の様子を見せるようにぬいぐるみを動かす。
葛城が山内を見ている。
葛城「山内さん、私にとっては、そのぬいぐるみは単なる繊維の塊ですよ、でも山内さんには娘さんの想い出がこもった特別なものでしょう」
山内「ええ、そうです」
葛城「竜神様を信じていないんだったら、私がそのぬいぐるみに思い入れがないのと同じで、娘さんに起きたことは呪いや祟りなんかじゃないんですよ、恨まないで下さい」
山内「もちろん、そんなつもりで来たんじゃありません」
葛城が安心したよう表情をする。
山内「ただ、あの・・・お詫びは出来ませんか?」
葛城「何を?」
山内「龍神様に罰当りなことをしたお詫びです」
葛城「でも、それだと龍神様の伝説を信じることになりますが・・・」
山内がぬいぐるみを見ながら話す。
山内「娘のことで気づいたんです。娘の写真とか形見の品物、もっといえば、私たちの体だって、化学的に分析すれば単なる物質にすぎません。でも、物語が物質を物質ではない別の存在に変化させるんだと」
葛城「真剣に祈りを捧げるつもりだったら、村の者にも相談してみるが」
山内が深々と頭を下げる。
葛城「神話の世界へ、ようこそおいでになりました」