理屈バカは目に見えない涙を流す
○六本木ヒルズ・外観(昼)
○同・マンション室内(昼)
シンプルだが高級感溢れる広い室内。
森江紀文(45歳)がソファに座っている。
ソファ前のテーブルにはICレコーダーが置かれ、森江と向かい合って女性編集者(32歳)がメモを取っている。
森江「正月に帰省するっていうのも理解できない風習でしょ」
編集者「毎年のことですけど」
森江「混んでるし、料金も割高だし、全くのナンセンス」
編集者「やはり、正月くらいは親子で顔を合わせたいでしょうし」
森江「親子の関係っていうのも、よく分からないよね」
編集者「”分からない”?」
森江「たまたま、そこに生まれただけで、一人で生活できるようになれば、もう関係ないでしょう、親子って」
編集者「そういうものですかね」
森江「親にしてみれ老後の生活を保証して欲しいという打算もあるのかもしれないけど、一人立ちしたら子の立場からしてみたら、何のメリットもない話。まぁ、一人立ちする前の子供の立場からすれば、自分の生命線でもある訳だから、一人前以下の者たちのライフライン、そういう利害関係でしかないと思うんだよね親子って」
○病院・ロッカールーム内
若宮綾(21歳)が患者衣に着替えている。
綾は着替えを終え、目を閉じる。
○<回想>ホテル・客室内(昼)
綾が椅子に座っている。
テーブルを挟んで男性弁護士(46歳)と森江の女性マネージャー(30歳)が座っている。
テーブルの上には誓約書などの書面が並んでいる。
弁護士「では、提供料を受け取る気はないんですね?」
マネージャー「先生、困ります、森江から、提供を受ける条件として必ず金銭を支払うよう言われてるんですから」
弁護士「しかし、本人が受け取る意志がないと言ってますし、(綾に)全額じゃないにしろ、少しでも受け取る気もないんですよね?」
綾「はい、別にお金が欲しくて、やることじゃないですから」
マネージャー「(綾に)困るんです、森江は、そういうのを一番信じられないって言ってるんです」
綾「だったら、やりません」
弁護士「(マネージャーに)森江さんに髄液を提供できる相手、彼女以外にいないんでしょう?娘さんの他に、DNAが合致する方がいればいいんですけど」
マネージャー「頑固な性格は、そっくりかもしんない」
弁護士「(テーブルの書面を揃えながら綾に向かって)では、金銭の授受に関する覚書きは破棄するとして、こっちの誓約書に目を通してサインをお願いします。白血病患者への髄液提供に関する誓約書になります」
○病院・手術室内
患者衣姿の森江が手術台の上に横たわっている。森江の頬はこけ、(帽子の下の)頭髪は抜け落ちている。
堀江は、じっと天井を見ている。
看護婦たちと共に綾が手術室に入ってくる。
森江は天を向いたまま反応しない。
看護婦「(綾に)ここに仰向けになって下さい」
綾は森江の隣の手術台に横になる。
横たわる綾は一瞬、森江の顔を見て、何かを伝えたそうな表情をする。
看護婦「じゃ、お二人とも麻酔をうちますから、楽にして下さいね」
麻酔をうたれる森江と綾は共に天を向いたまま無言。
×××フェイドアウト×××
○<イメージ映像>居間(夜)
六畳ほどの庶民的な家庭の居間。
森江(45歳)が横になってテレビを見ている。
玄関のドアが開く音。
綾の声「ただいまー」
台所の方から母親の声。
母親の声「おかえり」
綾が廊下を走る音。
台所から「いいわよ」「喜ぶから」という母娘の会話が漏れ聞こえてくる。
綾(21歳)が居間に入ってくる。
森江「どうした?」
綾「これ」
綾がラッピングされた袋を手にしている。
綾「初ボーナスのプレゼント」
綾が森江にプレゼントを手渡す。
森江が照れたような微笑みを浮かべる。
森江「いいのに、父さんにわざわざ・・・」
綾「開けてみて、ほら」
森江「(嬉しそうに)自分のボーナスは自分のご褒美に使うもんだろ」
森江がラッピングを開ける。
×××フェイドアウト×××