信念の男、不屈の男
○東京地方検察庁・外観
○同・エレベーター内(昼)
数名の職員たちが乗っているエレベーター内。
ドアの脇に吉沢郁男(42歳)が立ち、その後ろに高橋憲明(34歳)が立っている。
エレベーターが1階に停まり、ドアが開く。
一斉に職員が降りる。
吉沢が「開」ボタンを押して、皆が降りるのを待つ。
高橋も降りようと歩き出すと、吉沢が高橋の腰の辺りを掴む。
高橋が吉沢を怪訝な表情で見る。
吉沢が「閉」ボタンを押す。
エレベーターの「B1」ボタンが押されており、ドアの閉まったエレベーターが下降し始める。
高橋「あれ、メシ行くんですよね?」
吉沢「いいから」
○同・地下駐車場(昼)
吉沢が車のロックを開け、中に乗り込む。
吉沢「乗れよ」
高橋「え?」
○走行中の車内(昼)
車は地下駐車場から車道へ抜け、走行を続ける。
高橋「メシ誘ってくれるのは嬉しいんですけど、どこの店、向かってるんですか?」
吉沢「メシじゃないんだよ。ウソでもつかなきゃ、あの中から抜け出せないからな」
高橋「どうしたんですか、吉沢さんともあろう人が、煮詰まって息抜きですか」
吉沢「なに、捜査をサボってドライブしてると思ってんの?」
高橋「だって、これ」
吉沢「お前のことを、なかなか骨のある男だと見込んで誘ってるんだよ」
高橋「え?はぁ・・・」
吉沢「約束は守れる男だろ、そうだよな?」
高橋「まぁ」
吉沢「これからのことは、絶対に誰にも漏らすなよ、いいか」
高橋「はい」
吉沢「沖田に話を聞きに行く」
高橋「沖田って、息子にですか?」
吉沢「いや親父の方だ、沖田辰夫」
高橋「直接?」
吉沢「ああ、本人に当たる」
高橋「無理でしょ、寝たきりですよ・・・」
少し間が空く。
吉沢「やり方は間違ってたかもしれないけど、俺は、沖田のこと嫌いじゃないよ」
高橋「救われた命は多いっていいますよね」
吉沢「地方の検察を回ってた時、沖州会の病院、ありがたがってたよ、地元の人たちは」
高橋「吉沢さん、選挙違反で沖田あげようとしてたんでしたっけ」
吉沢「そう、地方で一度、その後、東京に戻ってきても、もう一度、捜査チームに加わったよ」
高橋「倒れる直前の時か。どんな奴でした?」
吉沢「信念の男・・・、そして不屈の男」
高橋「確かに、あんな状態で、まだ政治家と渡り合うって、ただ者じゃないですね」
○病院・個室病室内(昼)
吉沢と高橋が看護スタッフと話ををしている。
吉沢「すみませんね、そんなに時間はいただきませんから」
看護スタッフ「沖田さんの容態に変化があればボタンを押して下さい。すぐに駆けつけますから」
吉沢「大丈夫です。では、いったん、お引き取り下さい」
看護スタッフがベッドの方を心配そうに見ながら、部屋を出ていく。
吉沢と高橋がベッドの方を見る。
ベッドの上には、寝たきりの沖田辰夫(71歳)の姿。
沖田は口にスティックをくわえ、スティックの前にはキーボードが置かれている。
沖田の目の前のディスプレイにはキーボードを通じて行われたやりとりが映されている。
(黒字で「東京地検の吉沢さんがお話を聞きたいそうです、お受けしますか?」、赤字で「受ける」など)
ディスプレイを覗き込んだ高橋が吉沢に話しかける。
高橋「この調子だと、イエス、ノーのやりとりが精一杯じゃないですか?」
吉沢が沖田のベッド脇に来る。
吉沢「沖田さん、凄いな。いいですよ、ここからは」
沖田が吉沢に視線を向け、ゆっくりと体を起こす。
高橋「うわ!」
沖田「久しぶりです」
高橋「え?」
○車内(夕方)
街中を走行する車内。
吉沢が運転し、高橋は助手席に座っている。
高橋「動かない、喋らないが交換条件だったんですか?」
吉沢「業績には敬意を払う、だから逮捕を見逃す、ただし影響を発揮する力を全て放棄することが約束だと言ったんだ」
高橋「それで、あんな病気のフリを、完璧に・・・」
吉沢「信念の男だよ、約束は絶対に守る」
高橋「でも、今回の件とか」
吉沢「そこが不屈の男なんだよな、約束は守りながら約束を破る」
高橋「さっき聞いた話、裏取る時、情報源どこだって言えばいいですかね」
吉沢「捜査本部に戻って整理しよう。あとお前、この話、墓場まで持っていけよ」
高橋「今すぐ誰かに話したいですね」
吉沢「ばか」
吉沢と高橋が微笑む。