若者だらけの国
○真白な室内
無菌状態を感じさせる白い室内。
全裸の菊田和志(68歳)が光線でスキャンされている。
○無機質な室内
全裸の和志が入ってくる。
和志の前に衣服が置かれている。
スピーカーから若い男性の声がする。
男性の声「服は消毒済みです、着て下さい」
和志が服を着る。
男性の声「もう大丈夫ですか?」
和志「ええ」
室内に置かれたモニターの電源が入る。モニターの中には18歳くらいの男性が映っている。男性が話しかける(スピーカーから聞こえていたのは、この男性の声である)。
男性「手荷物について質問をさせて下さい。これは何のための道具ですか?」
和志「我々の祈りに使う道具です」
男性「祈り?それは宗教の?」
和志「まぁ、そんなものです。妻と一緒に祈りを捧げる時に」
○無機質な室内(別場所)
和志のいる室内と同じような場所で、菊田瑞穂(67歳)がモニターに映る18歳くらいの女性と話をしている。
女性「えぇ、宗教なんですか!わかりました、中に入ったら見せて下さい、みんな喜ぶと思います」
○通行ビル・外(昼)
5階建ての頑丈そうなビルの前。
数千名の若者たちが待ちかまえている。
1階のドアが開き、和志と瑞穂がでてくる。
若者たちから歓声が上がる。
若者たちが和志たちの元に近寄り、握手を求めてくる。
和志たちが握手に応じる。
若者「この皺、本物だ、本物の皺くちゃな手だ」
若者たちの群れに揉まれる和志と瑞穂。
○高層ビル・室内(昼)
ガラス窓に覆われた高層ビル上階の広い室内。
窓の外の景色から、ここが薄い膜で上空を覆われた広大なドームの中にある都市だとわかる。
室内では中山ルイら数名の若者たちが和志と瑞穂と話をしている。
中山「さっきは悪いね、ドームの外にいる人たちが現れたのは初めてなんでね。年とらないから、珍しいんだよ、老人の姿が」
中山たちは皆、18歳位に外見をしている。
和志が中山たちをマジマジと眺める。
和志「本当は?」
中山「年?まぁ、あんたらの軽く倍以上」
瑞穂「私たちは、まだ子供ね」
中山「このドームは、皆、18歳で細胞を維持するように設定してるんだ」
和志「あなたたちが、作ったんですか?」
中山「もう500年位前って聞いてる。上の世代から、そろそろ替わってくれって言われて、僕らが3代目のリーダーなんだ」
和志「リーダーって?」
中山「特に仕事はないよ」
瑞穂「まとめ役でしょ?」
和志「政治家みたいな」
中山たちが仲間と顔を合わせて、怪訝な顔をする。
中山が分かったという表情。
中山「そうか、君たちの世界じゃ、死の恐怖があるからね、皆、ギスギスしてんだな」
和志と瑞穂が顔を見合わせて、怪訝な表情をする。
中山「この中は、のんびり暮らしてりゃ、永遠に死なないんだぜ。犯罪なんて起こす奴もいないし、何かを取り締まる必要もないってワケ」
和志「警察もいないんですか?」
中山「万が一、犯罪者が出れば、そいつの医療プログラムを停止する、そうすりゃ死ぬ。今んところ、そんなケースはないけどさ」
瑞穂「天国みたいな場所ね」
中山「今の細胞を培養するシステムだから、残念ながら若返らせることはできないんだよ」
和志「え?」
中山「ん、医療プログラムを受けに来たんだろ?」
和志と瑞穂が手荷物から祈りの道具と取り出す。
中山「あ、それ、祈りの道具でしょ。見せてよ、宗教って、どういうことやんの?」
和志と瑞穂がお互いの道具を合致させる。
道具から「ピッ」という確認音。
瑞穂「私たちは死を受け入れることを選んだ民族です」
和志「この世の命には終わりがある」
中山が周りの仲間に説明するように話をする。
中山「これが原始社会的な考え方、死の恐怖から逃れるために宗教が必要なワケ、テキストで習った通りだな」
和志「この世の役目を終えた命はあの世へ行くと考えています」
瑞穂「私たちの村には、あの世からのメッセージを聞き、私たちをより良い方向に向かわせるアドバイスをする術者がいるんです」
和志「そのメッセージを伝えるために、ここへやってきました」
中山たちから感心の声が上がる。
中山「面白い!」
和志「自然の摂理を受け入れなさい」
中山「は?」
瑞穂「天に与えられた寿命で死ぬのは当たり前のことです」
中山「死ねって?(仲間に)わざわざ、そんなこと言いに来たわけ、この人たち?」
瑞穂「来るべき者たちが現れない、今、あの世で大きな問題になっているそうよ」
中山「狂ってるねぇ」
和志「術者の命令を受けて、私たちの村から、いくつかのドームに警告に行ってるそうです」
中山「そんな警告、聞くわけないじゃん。あの世の奴らが手招きしても、寿命なんて、いくらでも延ばせるんだから」
和志「突然、自殺をし始める」
中山「は?」
瑞穂「警告を無視した後、なぜか自殺が蔓延して、ドームはゴーストタウンになってる」
和志「あの世の人たちは、体に訴えても効かないのなら、直接、心に訴えてくるようになる」
瑞穂「私たちの村では自殺は最大の罪だとされてる」
和志「あの世でも永遠の苦しみを味わう」
中山が仲間に話しかける。
中山「この人たち、外に出そう、不愉快だよ」
和志と瑞穂が手にしている祈りの道具を前に出す。
和志「これは左右を合わせることで作用する小型の爆弾」
瑞穂「今、私たちが手を離せば、辺り一面が吹き飛ぶのよ」
和志「木っ端微塵になった体は再生できないだろ」
中山たちが後ずさりする。
中山「バカはよせ、そういうお前たちだって」
瑞穂「覚悟はできてる」
和志「これが二人の役目だから」
中山が後ずさりしながら、仲間たちに話しかける。
中山「おい、これが宗教だぞ」