文豪・異種格闘技
○ホテル客室内(夜)
高級感溢れるホテルの客室。
テーブルを挟んで鹿野直樹(62歳)と近藤和重(45歳)が座っている。
鹿野「飲むかい?」
鹿野がワインボトルを手にする。
近藤もワインボトルに手をかける。
近藤「いや、知事にそんな」
鹿野「いいんだよ、招いたのは私の方なんだから」
鹿野がワイングラスにワインを注ぎながら、近藤に話しかける。
鹿野「忙しいだろ」
近藤「ええ」
鹿野がワインの入ったグラスを近藤に渡す。
鹿野「30年物だ」
鹿野が自分のグラスの香りを嗅ぎ、舌で転がすようにワインを味わう。
近藤がワインを口にする。
鹿野「まだ若い、香りが足りない」
近藤「あの、どうして私を?」
鹿野「”都政を問う”のシリーズを担当したのは君なんだろ?」
近藤「5年くらい前の?」
鹿野「ああ、私が副知事をしていた頃。鋭い切り口の記事を書く記者がいるんだなと思って、広報担当に君のことを聞いたことがある」
近藤「ありがとうございます」
鹿野「私も作家の”端くれ”だ、文章を読めば書き手の力量はわかる」
近藤「”端くれ”だなんて」
鹿野「君のところの新聞は、どこまで追求するつもりだ?担当だろ?」
近藤「ええ」
鹿野「”都政を問う”の新都銀行の記事と同じくらいに?」
近藤「記事にできる限りは」
鹿野がフフと鼻で笑う。
鹿野「スクープをあげるよ」
近藤「何の情報ですか?」
鹿野「今回の事件、私が知ってる全ての情報を話す」
近藤「それは書いても良い情報なんですね」
鹿野「もちろん」
近藤が胸ポケットからICレコーダを取り出し、鹿野に確認するように見せる。
鹿野「構わないよ」
近藤「わかりました。聞かせて下さい」
近藤がICレコーダの録音ボタンを押し、テーブルに置く。
鹿野「もう調べてると思うがね、徳心会からの献金は前任の岩原金太郎元知事の頃から続いていることなんだ、私がもらっていた額の何倍もの金が岩原に渡っている。その見返りに毎年十億以上の助成金が支払われている」
近藤「あなたは、その引き継いだだけだと?」
鹿野「そう」
○ホテル・外観(早朝)
鹿野と近藤が話をしている。
鹿野「本当に反省している。世間の裏側に斬り込んでいたと思い込んでいた自分は、所詮、物知らずな物書きだったんだ、甘かったよ」
近藤「歯車の一つに過ぎなかった、と」
鹿野「そう、なぜ岩原は三火会の本村を金の無心に付き合わせたのか?その時は岩原の親切心だと思い込んでいた」
近藤「まさか自分の所に火の粉が飛んでこないよう、岩原から送り込まれてたとは」
鹿野「嘘の証言で全ての罪を私に被せる。こんなことが起きた時のために用意周到だったんだな」
近藤「闇献金を頼んでいる以上、鹿野さんも正面から反論できないですしね」
鹿野「巧妙だよ、こんな魑魅魍魎の魔物の住む世界だとは思いもしなかった」
鹿野が自嘲気味に笑う。
○会議室・室内(昼)
テーブルの上に置かれたICレコーダから鹿野が事件の真相を語る音声が流れている。
テーブルの周りには岩原金太郎(83歳)、本村幸三(58歳)、近藤が座り、音声を聞いている。
本村「なかなかイイ線まで掴んでるじゃないですか」
岩原「本村君、彼だって、腐っても物書きだよ、この程度の目端は効くだろう」
近藤「岩原さん、この後、どうしましょう?」
岩原「しかし、しょせんは三流ライターだな、私たちが裏で繋がってることまでは頭が回ってないんだから。もう次のストーリーは、まとまってる。まず、近藤君はこの後・・・」