真剣勝負
○プロレス団体・オフィス内(昼)
大会ポスターが貼られたオフィス内。
数名のスタッフが手を休めてジッとしている。
ドアが開き、外回りのスタッフAが戻ってくる。
スタッフA「後楽園、売れてますよ。追加の立ち見出しましょう!」
他のスタッフたちが無言のままスタッフAの方を顔を向ける。
スタッフA「え?」
他のスタッフたちが無言のまま社長室のドアの方に顔を向ける。
○同・社長室内(昼)
社長机の椅子に座った神崎誠一(43歳)が葉巻の煙を吐く。
社長机の前はテーブルを挟んでソファが対に置かれており、一方のソファに光山健二(25歳)が座っている。
神崎「そんなことをして、何の意味がある?」
光山「自分が、いや自分たちのプロレスが真剣勝負だと示すには、これしかないと思うんです」
神崎「真剣・・・」
光山「そうです真剣勝負、最強のスポーツを信じて、神崎さんの元で練習してきたんじゃないですか」
神崎は葉巻を消して立ち上がる。
神崎「お前のプロレスは真剣じゃないのか」
神崎が光山の向かいのソファに腰を下ろす。
光山「勝ち負けが決まった試合が真剣勝負なんですか?」
神崎が「ふっ」と鼻で笑う。
光山「応援してくれるファンを裏切ってもいいんですか、ファンの声援に応えたいんです、嘘をつきたくないんです」
神崎「プロレスは真剣勝負だ、俺は信じてる」
光山「なら、次のケリーとの試合はケツ決め無しの勝負をやってもいいんですね」
神崎「ファンを真剣に楽しませる勝負、それが俺たちのリングの真剣勝負だ。お前のいう真剣勝負で会場を沸かせることはできるのか?どんな技が出せる、試合は何分持つ?」
光山が頭を下げる。
光山「お願いします、やらせて下さい」
光山が顔を上げ、神崎の目を見る。
神崎「真剣勝負を仕掛けると、次の試合の相手がいなくなる、誰も怪我をしたくないからな。もし組まれたって、相手の腰がひけたショッパい試合にしかならない。ファンが望んでるのは、そんなお前か?」
光山「ファンなら、わかってくれると思います」
神崎「しかも、今度は逆に、腕に覚えのあるレスラーから真剣勝負を仕掛けられる側になる、怪我の連続だぞ」
光山「構いません、自分に真剣勝負を」
神崎が光山の言葉を遮る。
神崎「許さん」
光山「どうしてですか」
神崎「俺はリングで最高のプロレスを見せたいんだ、選手同士の信頼がなければ試合なんてできないだろ
。どうして社長の俺が、信頼を壊すようなことを許すと思う」
光山「社長、俺、いや自分」
神崎「出てけ!バカ野郎」
○同・オフィス内(昼)
社長室から、もの凄い剣幕の光山が出てくる。
光山の目には涙が浮かんでいる。
光山がオフィスを後にする。
呆気にとられるスタッフたち。
○後楽園ホール・場内(夜)
満員の観客席、会場が沸いている。
○同・選手花道の脇(夜)
選手誘導の前座選手たちが場内を見ている。
リングアナのコールが聞こえる。
リングアナの声「オリンピック銅メダリスト、狂乱の喧嘩柔道・ケリー・ワトソーン」
会場の声援が聞こえる。
試合用のリングパンツとガウンを着た神崎が現れる。
前座レスラーたち「押忍!」
前座レスラーA「社長、試合まで、まだ2試合ありますけど」
神崎「いいんだよ」
リングアナの声「闘志継承、レインボー・シューター・光山健一」
会場の声援が聞こえる。
奥の方から、他のベテラン選手たちも現れる。
神崎は花道から顔を覗かせ、リングの様子を見ている。
ゴングの音「カーン」