娘がイブになる
○アフリカ某国・市街地(朝)
古びたビルが並ぶ通り。
通りのあちこちに露天の店が建ち、大勢の人々が行き交っている。
黒人たちに交じり日本人が一人。
吉永武彦(62歳)が歩いている。
武彦と一緒に歩いている黒人青年・ヨラオ(29歳)が武彦に話かける。
ヨラオ「あれ」
ヨラオの指さす先にバスが止まっている。
○バス・車内(朝)
走行中のバス車内。
現地の人々が乗る車内に武彦とヨラオもいる。
現地人たちが武彦を見て会話をしている。
会話中には「ヤヒ」という単語が非頻繁に登場する。
武彦「ヤヒっていうのは日本人のこと?」
ヨラオ「ヤヒはアリ」
武彦「有る、無しのアリ?」
ヨラオ「いや、ムシ、ムシね」
ヨラオが両手を広げて指を動かす。
武彦「虫?昆虫?虫の蟻?」
ヨラオ「そう」
武彦「こっち見ながら蟻って、どういう意味?」
ヨラオ「わからない、アリはアリ」
ヨラオが現地人と会話をする。
武彦が様子を見ている。
ヨラオ「村から奥に入ったところで、アジア系の人が住んでいる場所があるそうです」
武彦「女性?」
ヨラオが現地人に話しかける。
ヨラオ「女性です」
武彦が嬉しそうな表情をする。
ヨラオ「そこの人たちアリと呼んでいるそうです」
武彦「そこに行くには、どうすればいい」
ヨラオが現地人に話しかける。
○サバンナ(昼)
武彦とヨラオが歩いている。
○蟻の住む場所(昼)
武彦たちが到着する。
電気も通っていない砂地。
乾燥に強い草木が植林されている。
植林の規模は広く、ところどころに植物の世話をしている人(黒人)の姿が見える。
武彦たちを案内したガイド役が世話をしている人に向かって大声で話しかける。笑顔で返答する世話人。
武彦が辺りを見回しながら叫ぶ。
武彦「直美!直美!お父さんだよ、いるのかい、直美!」
風の音だけが聞こえる。
女性の声「お父さん!」
吉永直美(29歳)が草木の茂みから顔を出す。
武彦が直美を見つけて、走り出す。
直美も武彦の方へ走り出す。
武彦が直美の肩に手をかける。
武彦は涙を流している。
武彦「生きてたか、良かった、生きてた」
直美は笑顔を浮かべている。
直美「うん、大丈夫」
武彦「良かった、本当に」
武彦が直美を抱きしめる。
武彦「母さん、最後まで心配してたんだぞ」
直美が武彦から体を離す。
直美「え」
武彦「去年」
直美「うそ?」
武彦「お前が、どこにいるか連絡よこさないから」
直美「そんな」
武彦「ここだって探したんだぞ、日本人がいるって場所を3カ所も回ってきて」
直美「ごめんね、父さん。でも、これは私たちに必要なことなの」
武彦「私たちって」
直美が後ろを振り返り、呼びかける。
直美「クパオー」
木々の茂みの根本から子供たちが立ち上がる。
子供たちが直美の方へ歩み寄ってくる。
直美「(子供たちに)ボアヒア、ボアヒア」
子供たちの中に黒人に混じって、アジア系との混血の子供がいる。
武彦は混血の子供を見て、直美に話しかける。
武彦「直美、あの子、まさか」
直美が武彦の方に振り返った瞬間、遠くから男性の大きな声がする。
男性「直美!どうしたー?」
武彦と直美が声のする方を向く。
遠くから小田信治(35歳)が走ってくる。
子供たちが小田に手を振る。
小田「お客さんか?」
直美「お父さん」
小田「え?」
小田が武彦たちに辿りつく。
小田「お父さん?」
直美「そう、日本から」
小田「この場所、教えてたの?」
直美「探してくれたの」
小田「そりゃ、スゴい」
小田が武彦に挨拶をする。
小田「直美さんと一緒に暮らしている、小田といいます」
武彦が小田を睨む。
武彦「君が直美を、こんなところまで」
直美「父さん!私が来たの、自分から」
武彦が直美を見る。
直美「小田さんは私たちの未来を変えるようとしてるの」
子供たちはヨラオを木の枝で突いて、ちょっかいを出している。
武彦「もういい、直美、日本に帰ろう」
直美「(小田に)いい?」
小田がうなずく。
直美「(子供たちに)アヒア」
子供たちは嬉しそうに、手にしていた木の枝を食べ始める。
子供の一人が直美に木の枝を手渡す。
直美も美味しそうに木の枝を食べる。
武彦「食べられるのか?」
子供たちが武彦とヨラオにも木の枝を渡す。
ヨラオが口に入れるが、少し噛んでペッと吐き出す。
武彦も木の枝を口元にもっていくが食べない。
直美は木の枝を食べている。
武彦「やめなさい」
小田「彼女には、ごちそうなんです」
武彦「どういうことだ」
小田「なぜ草食動物は草を食べると思いますか?肉食動物は?」
武彦は小田の顔を見ている。
小田「草食動物にとって草がごちそうだから、肉食動物は生肉が美味しい食料だから」
武彦「当たり前だ」
小田「そうじゃないんです、体内で食料をエネルギーに変換する消化酵素なんです。草を消化する酵素を持っていれば草を美味しいと思うし、肉を消化する酵素を持ってれば肉がごちそうになる。それだけの違いです」
武彦が直美の方を見る。
武彦「直美」
直美は木の枝を食べている。
小田「以前、そういう研究をする施設で働いていてましてね、これが食糧問題を解決するカギだと気づいたんです。自然を変えるのではなく、人間が変わる」
武彦「何をした?直美に」
小田「シロアリの腸内に植物繊維をエネルギーに変換する酵素がありまして」
武彦「バカ野郎!」
小田に掴みかかろうとする武彦を直美が止める。
直美「お願いしたの、私から」
小田「お父さん、これは人類の歴史を変える重大な実験なんです」
直美に子供たちも加勢して武彦を小田から引き離す。
小田「何百人も試して、酵素が体内に適合するケースは僅かでした、彼女は、その成功例の一つです」
直美「私たちが、次の時代のアダムとイブなの」
武彦「だったら、あの子は」
武彦がアジア系と黒人の混血児の方を見る。
小田「酵素が適合した男女の間に生まれる子供も適合するはず。直美さんには、そのために子供を産んでもらっています」
武彦「父親は?どこにいる?」
直美「4人とも父親は別、恋愛とか結婚じゃないのよ、人類の未来のため」
武彦は、ため息をつき、腰を地面に下ろす。
直美が武彦の正面に腰を下ろす。
直美「お父さん」
○バス・車内(夕方)
走行するバスの車内。
武彦とヨラオが乗っている。
他の乗客が武彦の方を見て、会話をしている。
会話の中に「ヤヒ」という単語が聞こえる。
武彦「ヤヒというのは白アリのこと?」
ヨラオ「アリ」
武彦「木を食べるアリ?」
ヨラオ「そう」
○吉永家・居間(夕方)
武彦が仏壇に手を合わせている。
仏壇の遺影は妻。
○同・縁側(夕方)
武彦が縁側から庭の木をじっと見ている。