良い偽装、悪い偽装
○高級ホテル・外観(夜)
○同・レストラン(夜)
テーブルの上に料理が並べられていく。
客に料理を説明するレストラン・スタッフの声。
スタッフの声「天然の伊勢エビに有機栽培したオレンジを使ったソース、アクセントとしてフランスから直送したトリュフを和えた料理でございます」
スタッフの声「有機飼料で飼育された合鴨肉のステーキを濃厚なフォアグラ・ペーストのソースで召し上がる料理ございます」
以下、料理と説明が続く。
○同・レストラン入口(夜)
店奥からレストラン・スタッフの「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」の声。
店内から両脇を谷沢雅之(49歳)、谷沢利明(23歳)に抱えられた、谷沢勝男(75歳)が店から出てくる。
勝男は足腰が弱っているようである。
谷沢圭子(45歳)が勝男に話しかける。
圭子「お義父さん、美味しかったですか?」
勝男が皆に微笑みかける。
○総合病院・外観(昼)
○同・病棟内廊下(昼)
雅之、圭子、利明が話し合いをしている。
利明「きちんと説明して、もう一度、連れていくべきだよ」
圭子「利明が連れて行きたいなら、連れていけばいいじゃない。お母さんは遠慮するわ」
利明「じいちゃん、冥土の土産だって、あんなに喜んでたのに、あれが全部、偽装表示だって知れたら成仏しないよ」
圭子「たとえ本当はブラックタイガーとマッシュルームだったり、チキンとレバーだったとしても、料理は味付けなんだから、美味しかったんだし、満足してるわよ」
利明「じいちゃんが死ぬまで偽装だって分からなかったら自分でも納得できるけど、このままじいちゃんをあの世に行かせるのは、孫として、いや人として嫌だよ」
圭子「でも、あれでいいじゃない、病院の先生も余命1ヶ月だっていうから外出許可をくれたんだし、何度も外に連れ出すのも、逆に体に良くないんじゃないの?」
利明「父さん、どうなの、さっきから聞いてるだけで」
圭子「そうよ、あなたのお父さんでしょ」
雅之が口を開こうとした瞬間、病室のドアが開き、中から看護婦が雅之たちを呼ぶ。
看護婦「矢沢さん、おじいちゃんが呼んでますよ」
○同・病室内(昼)
個室の病室内。
雅之たちと入れ替わりで看護婦が退室する。
雅之は顔を伏せている。
勝男「わしの目は節穴じゃないぞ」
利明「わかってたの?」
勝男「ちょうど雅之の年の頃だったかな、妻と別れたのは」
雅之が顔をあげる。
勝男「あの時、周りの人に夫婦は別れるんだって感じが伝わってたと思うと、なんだか恥ずかしいよ」
圭子「お義父さん」
勝男「圭子さん、お互いの人生なんだし、二人で決めたことに口を挟むつもりはないよ、わしも経験者だ。それよりも、あの席で、仲の良い夫婦を演じてくれたことに感謝します。ああいうことは自分にはできなかった、ありがとう」
利明「「わかってた」って、そっちか・・・」
勝男「嘘が悪いとは限らない」
○総合病院・外観(昼)
利明の声「じつは、あの時に食べた料理・・・」
○同・病室内(昼)
雅之たちが勝男の答えを待っている。
勝男「それは悪い」