どんぐり戦争
○都内(昼)
高層ビルの建ち並ぶ都市部。
上空に巨大なUFOが浮かんでいる。
人々の姿はない。
○大宮・市内(昼)
遙か遠くにUFOが見える。
自衛隊のスタッフが双眼鏡を手にUFOを見ている。
自衛隊の後ろにはテレビ・レポーターがカメラに向かって中継を行っている。
巨大UFOから小さな光の固まりが次々と飛び出てくるのが見える。
自衛隊員たちが双眼鏡を覗き込む。
隊員A「小型のUFOか?」
光の固まりは地表や建物の近くで停止している。
隊員B「街路樹を吸い込んだ」
隊員C「こっちの奴は車だ」
隊員A「吐き出してるのは煙か?」
隊員B「吸い込んだモノを中で粉砕してるんじゃないですか?」
隊員C「UFOたちがビルを囲んで壁を吸い込んでる、壊れるぞ」
倒壊するビル、その周りを飛ぶ小さな光の固まりたち。
隊員A「本部に連絡、相手方の目的は友好的接触にあらず、繰り返す、友好的接触にあらず」
○下水道・内部(夜)
暗闇の中、ところどころで懐中電灯の光がついている。
下水道の中に大勢の人間が隠れている。息を潜める人々、咳込む老人、泣いている子供。
山本洋子(31歳)が山本美由紀(4歳)の手を握っている。
洋子「大丈夫だからね、UFOさんが向こうに行ったら、外に出て、おじいちゃんのところに行こうね」
美由紀「ほんと?」
美由紀が上着のポケットからどんぐりを取り出す。
美由紀「どんぐり取りに行ける?」
洋子「どうしたの、それ?」
美由紀「おじいちゃんと一緒に取ったの」
洋子「うん、行けるよ」
マンホールの方から「ガタン」という音がする。
A「きゃー」
B「来たー」
騒然とする下水道内。
マンホールの上から光が差し込む。
マンホール付近の人々からマンホール上に向かって吸い上げられていく。
人々は壁や人にしがみつき、必死に抵抗するが力尽きた者から吸い上げられる。
パイプ管にしがみつく洋子と美由紀もマンホール下まで引き込まれていく。
宙に浮き始めた美由紀の体を洋子が必死に抱え込む。
洋子「美由紀!」
閉じていた美由紀の掌が開き、どんぐりがUFOに吸い込まれる。
差し込んでいた光が突然薄くなる。
宙に浮いていた美由紀の体が地上に落ちてくる。
洋子が美由紀を抱きしめる。
光が消え、真っ暗になった下水道にい洋子の声。
洋子「美由紀!」
○町(夜)
電灯の光のない真っ暗な町並み。
人々は建物の外に出て、空を見上げている。
小型UFOが上空に現れる。
UFOが町の上空に映像を投影する。
映像には吸い込まれまいと必死に耐える洋子と美由紀の姿、美由紀の手からこぼれ落ち、船内に吸い込まれたどんぐりがアップで静止画となる。
UFOから音声が流れる。
UFO「我々は、この物質を求めている。この時の物質と同じ成分構成の物質であること、それが命との交換条件だ。別の成分の物質であった場合、敵対行為とみなし、命の保証はない」
住民A「関西じゃ、尼崎の町が一瞬でなくなったらしいぜ」
UFO「時間は、明日の、この時間まで」
UFOが去っていく。
逃げ出す者たち、家に戻る者たち、山へ向かう者たち、町は騒然となる。
○栗里村(昼)
のどかな田園風景。
○同・小西家外観(昼)
古びた農家。
○同・居間(昼)
小西明代(42歳)が洋子と話をしている。
明代「そうなんだ。こっちは田舎だから、UFOなんて来やしないし、突然、電気も電話も止まって、戦争でも起きたんじゃないかって」
洋子「戦争でも起きてくれた方が、まだ良かったかもしれないよ」
明代「秋本さんトコの息子が3日間かけて自転車で逃げてきて、ようやく事情がわかって」
○同・縁側(昼)
小西公平(75歳)と美由紀が座ってる。
公平は遠くを見ている。
美由紀「じいちゃん」
公平「んー」
○同・居間(昼)
洋子「父さんの具合は?」
明代「あれから、少しずつ進んじゃってね、たまに子供の頃に戻ってる時があるのよ」
洋子「トイレは?」
明代「オシメ履かせてる、介護の」
洋子「ありがとうね、アキ姉ちゃん」
明代「仕方ないしね」
洋子「じゃ、父さんに聞くだけ無駄かなぁ」
明代「なにが?」
ガラガラと玄関が開く音。
明代が玄関の方へ顔を向ける。
玄関の方から男性の声。
男性の声「明代いる?」
ふすまが開き、小西貴文(45歳)と妻の小西美佐(42歳)が入ってくる。
貴文「おお!洋子が来てる、助かったよ」
明代「どうしたの、兄さん急に」
貴文「あれ、洋子たちだろ?真奈美ちゃんと」
洋子「うちの娘は美由紀です」
美佐「真奈美は、私の妹の娘よ」
貴文「どこだ?裏山か?」
明代「なに、兄さん?何の話?」
貴文「話してないのか?」
洋子「だって」
明代「なにがあったの、洋子」
貴文「お前、誰にも話してないのか?政府にも?」
美佐「そうよ、だから静かなのよ、バレてたら、世界中の人が殺到してるわ」
明代「教えて、洋子、どうしたの」
○小西家・外観(夜)
○同・居間(夜)
何本かの蝋燭の火で照らされた室内。
貴文、美佐、洋子が座っている。
貴文が貧乏揺すりをしている。
ふすまが開き、明代が入ってくる。
貴文「どうだ?」
明代「無理よ、話しかけても、ウーとかアーとかしか言わない」
貴文「明日、裏山に連れていけよ。何でもいいから思い出させろ」
明代「兄ちゃんがやれば?何なの、普段は顔も出さないくせに」
美佐「ちょっと」
明代「長男でしょ。なんで私が最後まで家の世話をしなきゃいけないの」
貴文「だってお前が独り身で」
美佐「あなたも余計なこと言わないで」
貴文「(洋子に)まさみ、いや、みさ・・・」
洋子「美由紀」
貴文「そう、美由紀ちゃんは思い出せないのか?」
洋子「ダメ、場所までは覚えてないわ」
貴文「まったく」
窓の外に車のライトの光。
外で車が止まる音。
美佐「車よ」
貴文「UFO?」
美佐「車のエンジンの音」
貴文「バカな、ガソリンがないだろ、スタンドが開いてもの」
玄関のドアが開き、廊下を駆ける音。
ふすまが開くと、懐中電灯をもった小西智之(37歳)が立っている。
智之が貴文たちの顔を照らす。
貴文たちが智之の顔をじっと見る。
洋子「トモ兄ちゃん?」
明代「トモ?」
貴文「智之か?」
智之「久しぶりだねぇ」
明代「あんた、どうしてたの?」
智之「タカ兄、アキ姉、洋子」
智之が美佐を見る。
貴文「(美佐に)初めて?」
美佐「ええ」
貴文「弟の智之、(智之に)嫁の美佐」
智之「そうですか、初めまして」
美佐「ええ、こちらこそ」
貴文「(美佐に)高校卒業してから家を飛び出して、消息不明になった弟」
明代「あんた何年ぶり?」
智之「この家?戻ってきたのは20年ぶりぐらいかな、変わってないね」
洋子「兄ちゃん、何してたのよ?みんな、心配してたんだよ」
智之「たまには電話入れてたぞ」
明代「たまにって?」
智之「母さんが知ってるよ」
洋子「母さん10年前に死んだんだよ」
智之「マジで?」
智之の後ろから、もう一つの懐中電灯の光。
男の声「どうかね、様子は?」
智之の後ろから、上村雅治(55歳)とガードマンが現れる。
智之「すみません、ちょうど家族が集まってたところなんで、話を詰めてたところです」
智之が洋子の顔を照らす。
智之「UFOが空に映した映像の母親です、間違いないでしょう?」
上村「おう」
智之「(上村に)絶対、戻ってきてると思ったんですよ、狙い通りです。(洋子に)洋子、あのどんぐりは、どこで取った、この辺か?」
明代「わからないのよ」
智之「は?」
貴文「父さんが洋子の娘のまな・・・」
美佐「美由紀」
貴文「洋子の子供に取ってあげたらしいんだけど」
智之「父さんは?」
洋子「呆けちゃってるの」
智之「叩き起こしてでも思い出させようぜ」
明代「はぁ?」
智之「アメリカのコールマンラックスって知ってる?」
洋子「アメリカの巨大ファンド、上村さん、そこにパス持ってんの。デカいよ、このヤマ当てると」
上村「この案件なら数億ドルの資金を集められます」
美佐「数億ドルって」
貴文「1億ドルで100億円」
智之「どうよ、兄さん」
貴文「(上村に)家族の時間をもらえませんか?」
上村「わかりました」
智之「すみません、ちょっと車の中で待って下さい」
上村が玄関から出ていく音。
貴文「(智之に)本物なのか?」
智之「今、車で移動できる人って、日本に何人いると思う?」
貴之「これはスゴいぞ」
明代「でも、父さんが思い出さないと話にならないでしょ」
貴文「まず、起きてもらおう」
智之「叩き起こせばショックで思い出すかもしれないし」
洋子「もう止めてよ、こんな世界でお金をいくら持ってても仕方ないじゃない」
智之「なに言ってんだよ、洋子」
貴文「兄弟で分けよう」
明代「父さんの世話をしてきたのは私なんだから」
智之「山分けにしよ、山分け」
寝室の方のふすまが開く。
公平が立っている。公平の後ろに美由紀の姿。
公平「はーぴはーでーうーふー、はーびばーでーうーふー・・・」
公平がハッピーバスデイのメロディで歌詞にならない歌を歌い始める。
貴文「父さん?」
明代「私たちが子供の頃を思い出したのよ」
洋子「誕生日のパーティ?蝋燭の火もついてるしね」
公平は歌を歌いながら、近くの蝋燭を手に持ち踊り始める。
智之「完全にボケたな、こりゃ」
洋子が立ち上がり、公平と美由紀を掴まえる。
洋子「ごめんね、うるさくて。ちょっとの間、奥の部屋でじっとしてて」
洋子が二人を居間から出して、ふすまを閉める。
奥から公平の歌声が聞こえる。
智之「なんか良い手はないの?」
○小西家・外観(深夜)
月明かりに照らされた小西家。
玄関前に高級外車が停まっている。
○同・居間(深夜)
智之が窓から外を見ている。
智之「上村さん、車の中で寝てる、早く見つけないとヤバいよ」
洋子は横になっている。
洋子「もう疲れちゃった、命があれば、それでいいじゃない」
貴文「バカ言うな」
明代「そうよ、あんたは娘もいるんだから」
美佐が匂いを嗅ぐ。
美佐「匂わない?」
貴文「ん?」
明代「たき火・・・、父さん」
皆が一斉に家の奥へ向かう。
○小西家・裏(深夜)
裏山の草木が燃えている。
公平はハッピーバースデイの歌を歌いながら炎の前で踊っている。
美由紀も公平と一緒に踊っている。
洋子が駆け寄り美由紀を抱きしめる。
洋子「美由紀」
明代が公平を掴まえて、炎から離す。
貴文「消防署!」
智之「電話、繋がんねぇよ」
美佐「水、水」
次々と炎が燃え広がる。
貴文「バケツ、智之、バケツに水」
貴文と智之が慌てて家に戻る。
燃え広がる炎を見ながら公平が嬉しそうに歌い踊る。