実力特区
○ビジネス特区・街並(昼)
区画整理されたオフィス街。
○富田自動車・特区ビル外観(昼)
○同ビル・オフィス内(昼)
100名以上の社員がデスクワークをしている大きなオフィス。
青島紀夫(32歳)がパソコンに向かっている。
モニターには「新規プロジェクト企画書」のテキスト。
企画書のテキストが次々と入力される。
モニターには「本プロジェクトは当社の来期以降の業績に貢献する大型企画である。過去に例のない新たな市場を創出し、当社がマーケットリーダーの役割を果たすことのできるプロジェクトとして提案をいたします」というような具体性のないテキストが次々と書き込まれていく。
タイプの手を休めない青島が隣デスクにチラリと目をやる。
隣のデスクには首から高木明という社員章を下げた男性(43歳)。
高木はPCモニターをじっと見ている。
青島のPCモニターにメールソフトの画面が現れる。
青島が一気に「お疲れさまです、青島です。高木君が3分間以上、モニターを見つめたままです」と打ち込みメールを送信する。
青島が企画書の入力を再開する。
○富田自動車・本社ビル外観(夕方)
都内のオフィス街にある大きなビル。
○同ビル・入口(夕方)
ビル内から青島が出てくる。
○都内オフィス街(夕方)
駅に向かう青島の横を箕田紀夫(32歳)が通り過ぎる。
青島「おい、箕田」
箕田「青島、久しぶり」
青島「帰り?」
箕田「打ち合わせだよ、お前は?」
青島「滝沢さんにレポートを出してきたところ、今日は上がりだよ」
箕田「最近、調子はどう?」
青島「大変だよ、社内で一番、気が抜けない部署だし」
箕田「今、どこだっけ?」
青島「あれ、言ってなかった?特区オフィスの新規事業の企画部」
箕田が青島を見る。
青島「生き馬の目を抜くような毎日なんだから」
箕田「そうか、たいへんだなぁ」
二人が地下鉄の入り口にさしかかる。
箕田「俺、地下鉄だけど」
青島「久しぶり都心に来たから、一杯ひっかけて帰るよ。特区の辺りは飲み屋も何もないんだから」
箕田「そうか。深酒すんなよ」
青島「今度、同期で集まって飲もうぜ」
箕田「ああ」
青島は階段を降りていく箕田の姿を見ている。
○道路沿い(夜)
酔っぱらった青島がタクシーを停めている。
○タクシー内(夜)
青島が乗り込んでくる。
タクシー運転手は西脇道夫(39歳)。
西脇「どちらまで?」
青島「烏山の長瀬町って分かります?」
西脇「ヨーカ堂のある?」
青島「ああ、そう、そう」
車が走り出す。
西脇がバックミラーで青島の様子をチラチラと見る。
西脇「あれ、ひょっとして青島?」
青島「ん?」
青島がドライバーのカードを見る。
青島「西脇さん?」
西脇「青島だよね」
青島「そうです、そうです」
西脇「元気?」
青島「ええ、元気です。びっくりしましたよぉ。どうしたんですか、埼玉の営業所じゃなかったんですか?」
西脇「いや、営業所の後に特区の配属になってさ、知ってるだろ、実力特区とか呼ばれてるリストラ用のオフィス」
青島「実力があれば事業が立ち上げられる特区オフィス?」
西脇「それは表向きでさ、実績不足のレッテル貼って自由にリストラするためのオフィスなんだよ、あそこ」
青島「そんな」
西脇「そこでも成績がよければ本社復帰もあるっていうから頑張ろうかと思ったんだけど、皆、生き残ろうとして足の引っ張りあいが激しいのな、ああいうところは」
青島「そうですか」
西脇「そうなのよ、自分の実力は棚に上げて、他人の点数をいかに削るかに一生懸命な奴らばっかでさ、会社はこんな仕事できねぇ奴らと俺を同じレベルに扱ってるんだと思ったらバカらしくなってさ、辞めてやったんだよ」
青島が無言で座っている。
青島「でも、西脇さんなら、頑張れば本社に戻れたんじゃないですか?」
西脇「でも、あそこにいたら人間が卑しくなるよ。だったらスパっと辞めた方が自分のためだね」
青島「そうですかね・・・」
西脇「青島は今、どこにいんの?」
青島「あ、今も資材調整部にいます」
西脇「いいじゃん、将来有望だね、頑張れよ」
青島「あ、はい」
無言で座っている青島が声を出す。
青島「西脇さん、そこの信号で停めてもらっていいですか?」
西脇「長瀬町は、まだ先だよ」
青島「友達のトコ、寄ってこうかと思って」
タクシーが停まる。
青島がお金を払い、ドアが開く。
西脇「負け惜しみじゃないけどさ、会社だけが人生じゃないぜ」
青島「そうですね」
青島が苦笑を浮かべて、タクシーから降りていく。