死に紙
○福田家・外観/深夜
○福田家・室内/深夜
机とベッドのある個人部屋。
ジャージ姿の福田辰也(32歳)が寝転がって本を読んでいる。
11時59分を指していた時計が0時0分になる。
部屋の片隅からボコボコという音がする。
福田が音のする方へ目を向ける。
ボッと煙と光が上がり、その中から黒装束の男が現れる。
男の顔は吊り上がった瞳、下に垂れた鷲鼻、大きく避けた口元。
福田は、一瞬たじろぐが、しげしげと男を見る。
男が福田に話しかける。
男「私は死神」
福田が平然と対応する。
福田「本当だったんだ」
男「儀式の時間が来た」
福田「あれも、ホント?」
男「早くしろ」
福田が手を振る。
福田「いいです、いいです、結構です」
男「なら、お前の命を奪うことになるぞ」
福田「ええ、それでいいです」
男がじっと福田を見つめる。
男「紙は、どこだ?」
福田が鞄を指す。
福田「書き込まなくても返さなきゃいけないんでしたっけ?」
男「よこせ」
福田が鞄の中から紙を取り出し、男に渡す。
紙には「福田辰也」の文字。
男が目を近づけたり、電灯に透かすなどして、シゲシゲと確認する。
男「本当に、いいのか?これを他の奴の名前に書きかえないと、お前が死ぬんだぞ」
福田「書きかえなけりゃ、自分の番で終わるんでしょ」
男「まぁ、そうだが」
福田「じゃ、自分のところで止めますよ。殺しのバトンは、ここでおしまい」
男「そうか、ならば貴様の思い通り、福田辰也、お前の命を頂く」
煙と光と共に男が消える。
福田は覚悟を決めて気合いを入れる。
時計の針が進む音が響く。
煙と光と共に男が現れる。
福田「あれ?」
男「命を奪う前に、この紙にお前の名前を書いたのが誰なのか、教えてやろう」
福田「いいですよ、別に知らなくても」
男は紙をヒラヒラさせる。
男「死に紙のルールは知ってるな。名前を書かかれた者は24時間以内に死ぬ。死を免れるには、お前が殺したい奴の名前を書くしかない」
福田「えぇ、聞いてます」
男「お前の名前を書いた奴を教えてやる、憎いだろ、お前はそいつの名前を書けばいいじゃないか」
福田「そんなことやってたら、キリがないでしょ、延々と憎みあうだけで」
男「憎め、お前を名を書いた奴を。恨め、この世界を怒りで満たすんだ」
福田「そうか、そういうのが死神の仕事なんだ。でも、悪いけど、ここで止めるよ」
男「名前を書いたのが、親友の辻本だとしたら、どうだ?もし、昔の彼女だとしたら?いや、血を分けた兄だとしたら?」
福田「しょうがないよね、こっちにも悪いところがあったって、諦めるしか」
男が怒りの形相で福田を睨む。
男「覚悟はできてるんだな、本当に」
福田「マイナスの連鎖を自分が止めたと思えば、気分良く、あの世にいけるでしょ」
男「思い知れ!」
煙と光と共に男が消える。
福田がフっと息を吐き、目を閉じる。
時計の針が進む音。
煙と光と共に男が現れる。
福田「また?」
男が泣きそうな顔で福田を睨んでいる。
福田「どうしたの?」
男が紙を福田の前に差し出し、頭を下げる。
男「殺したい人の名を書いて下さい」
福田「いやだって」
男「お願いです」
福田「なんなの?」
男「死に紙を止めると、私の立場が危ないんです」
福田「でも、書けないものは書けないんだから、これは、もうおしまいでいいじゃん」
男の表情がわなわなと震える。
男「あなたは、死神を、殺す気ですか!」
福田「死神も死ぬんだ」
男「大死神が殺すぞって」
福田「へぇ、そういう関係があるわけ、そっちの世界にも。ブラック企業の営業マンみたいな」
男「皆の前で大声で怒鳴られて…、本当に怖かったです」
福田「ふ〜ん」
男「お願いします」
福田がじっと男を見る。
福田「仕事してたら、出世したりすんの?」
男「大死神さんが、もっと怖そうな死神にペコペコしてるの見たことありますから、成績次第で上に行けると思います」
福田「あんたの名前は?」
男「死神の佐藤です」
福田「下の名は」
男「武です、武士の武で」
福田は男の手から紙を奪い、近くのペンで「死神 佐藤武」と書き込む。
男「ちょっと、なにするんですか、恨みますよ」
男が福田から紙を奪い返そうとする。
福田「待って待って、話聞いてよ、大丈夫だから」
男の動きが止まる。
福田「佐藤さんは、殺したい人の名前を書き込まずに、このまま持ってりゃいいんだよ」
男「どういうことですか?」
福田「佐藤さんが死ぬ時に、自分で紙を集めんの?誰が集める?」
男「上司の大死神になると思います」
福田がニヤリと笑う。
福田「だったら、これを止められて困るのは、その上司だよね。ちょうど、今の佐藤さんみたいにさ」
男がハッと気づく。
男「そうだ」
福田「佐藤さんが書かなきゃ、大死神が、上の死神に怒られる」
男「でも、ダメです」
福田「どうして」
男「大死神は、復讐しようと、私の名前を書くと思います」
福田「だったら、こう言えばいい。私の名前を書いたら、次も私のところで止めますよ」
男「なら私の名前は書かない、いや書けない」
福田「でしょ」
男「ありがとうございます、それ、やってみます」
福田「がんばって」
煙と光と共に男が消える。
○福田家・外観/深夜
○福田家・室内/深夜
時計は23時59分。
ジャージ姿の福田がベッドの上でスマートフォンを操作している。
時計が0時0分になる。
男(死神・佐藤)の声が聞こえる。
男の声「福田さん」
福田が辺りを見回す。
男の声「佐藤です」
福田「どこにいるの?」
男の声「姿は出せません」
福田「どうして?なにかあった?」
男の声「教えてもらった方法、死神界の風上にもおけないって、問題になりまっして」
福田「大丈夫?」
男の声「おかげさまで、首になりまして、地獄から追放されました」
福田「今は、どこにいるの?」
男の声「ワンランクだけ天使に近い方の世界に移りました」
福田「良かったじゃないの」
男の声「まだ天使の姿を持てないので声だけでお礼になりますけど、どうも、ありがとうございました」
福田「いいよ、気を使わなくても」
男の声「私にとって神様のような方です」
福田が照れ笑いする。
男の声「天使になれたら、また伺います」
福田が辺りを見回して、微笑みながら手を振る。