死ぬまで走り続けて
○歩行者天国/昼
家族連れや買い物客で賑わう歩行者天国。
リュックを背負ったスーツ姿の男が激しく息を切らしてヨロヨロと走ってくる。
男の全身からは汗が吹き出し、長時間走り続けていることがわかる。
爆弾犯の声「リュックには爆弾が入っている。半径20メートル四方を吹き飛ばす強力な爆弾」
スーツ姿の男の走る速度が遅くなる。
スーツ姿の男「(独り言)もう、ダメだ・・・」
スーツ姿の男が叫ぶ。
スーツ姿の男「どけー!離れろ!」
歩行者たちはスーツ姿の男を見る。
爆弾犯の声「起爆装置にはGPSが繋がれている」
スーツ姿の男がふらつきながら泣き叫ぶ。
スーツ姿の男「俺から離れろ、逃げろ、頼む!」
爆弾犯の声「GPSが、毎秒2メートルの移動距離を記録しない場合、起爆装置が作動する」
母娘がスーツ姿の男に声をかける。
母親「気分、悪いんですか?」
母親が幼い娘の手を引いて、スーツ姿の男に近づく。
爆弾犯の声「走るのをやめた時、爆弾が爆発する」
スーツ姿の男が力尽き、立ち止まる。
スーツ姿の男「すみません」
大爆発。
○警視庁外観/昼
○警視庁内会見場/昼
集まった記者たちの前で担当部署長たちが会見をしている。
担当部署長A「爆弾犯の犯行声明、新宿の歩行者天国、丸の内のオフィス街、表参道の駅構内、この3件については、同一犯人による犯行と断定しています」
記者A「犯行声明のGPS爆弾ということですか?」
担当部署長A「はい、そうです」
記者A「歩行者天国では走る被害者が目撃されていますが、他の2件では、目撃者はいないようですけども?」
担当部署長B「犯人の声明にもありますが、被害者が本物の爆弾だと信じずに走り出さなかったため、爆弾をセッティングされた直後に爆発したんだと思います。いずれも同じ成分の爆薬が検出されています、同一犯だと思われます」
記者B「市民は、どう対処すればいいんでしょうか?」
担当部署長A「不審な人物には近づかないこと。どうやって爆弾をセッティングするのかは、まだ調査中ですが、不審物を手渡されてたりした場合は、相手の指示に従ってください。警察への通報は、指示に従った後、携帯や、周りの人の協力を仰いだりするなどしてお願いします」
記者C「でも、その後は対応は想定しているんでしょうか?永遠に走り続けるわけにいかないはずです」
担当部署長C「対応マニュアルを作成して、各所轄に配布中です」
担当部署長B「犯人像についても、引き続き、調査中です。模倣犯や、いたずらの通報については、厳しく対処すると報道機関での通知をお願いします」
○万世橋警察署外観/昼
○万世橋警察署内防犯課/昼
竹内保夫(34歳)が表紙に「GPS爆弾犯対応マニュアル」と書かれた資料をパラパラとめくりながら、あくびをする。
竹内「ふぁ〜あ。なんだこりゃ」
席に戻ってきた今井淳二(48歳)が竹内に話しかける。
今井「東京中がピリピリしてるのに、ノンキなこと言って。署長に見つかったら、どやされるぞ」
竹内が資料を机の上に置く。
竹内「読むに値しない資料ですね」今井「ドカーンといくか?」
竹内「これじゃ救えませんよ」
○東京駅外観/昼
○東京駅構内/昼
通常より少ない乗降客。
構内には警備の警官が立っている。
爆弾犯への注意を促すポスターが各所に貼られている。
おみやげ袋を手にした吉川俊信(31歳)が歩いてくる。
○東京駅外・男子トイレ/昼
駅の外にある戸建ての公衆便所。
吉川が小用トイレで用をたす。
個室トイレのドアが開き、出てきた男が吉川の頭からベルトをたすき掛けに回す。
吉川「ちょっと」
ベルトは吉川の背中側でロックされる。ベルトにはリュックが繋がれている。
吉川「なんですか?」
男が吉川の目の前にメモを置く、走り去る。
メモの文字「人生はマラソンです、命をかけた最後のレースは今から30秒後にスタートします!背中の荷物はGPS爆弾です。毎秒2メートルで走り続けないと爆発します。GPSの検出されない地下やビル陰などに気をつけて走って下さい」
メモを読み終えた吉川がズボンのファスナーを上げて、トイレの外に出る。
吉川が辺りを見渡す。
爆弾をセットした男の後ろ姿が遠くのビル陰に消える。
吉川の動悸が激しくなる。
吉川が走り出す。
吉川が走りながらポケットのスマートフォンを取り出す。
吉川が電話をかける。
電話が繋がる。
吉川「頼む、恵美に代わってくれ」
電話の相手は、神谷佳枝(28歳)。
神谷「え、なに、急に」
吉川「とにかく、恵美の声が聞きたいんだ」
神谷「だから、なんなのよ」
吉川「いいから、頼む」
神谷「お酒飲んでる?恵美が怖がるから、飲んでるなら、うちには来ないで」
吉川「そんなんじゃないんだよ!」
通話が切れる。
吉川「もしもし、もしもし」
○大通り/昼
吉川が大通りを走っている。
吉川がスマートフォンから警察に電話をかける。
電話の声「はい、こちら110番です」
吉川「あの、爆弾、爆弾、背中に」
進行方向の信号は赤信号、車が行き交っている。
吉川が左折すると、横道から飛び出してきた車が「キーッ」と急ブレーキ。
牽かれそうになりながら、吉川が走り続ける。
吉川が電話に話しかける。
吉川「GPS爆弾、背負ってます」
電話の声「もしもし、慌てないで、ゆっくり状況を詳しく知らせてください」
吉川が進行方向の先に警官の姿を見つけ、両手を挙げながら、叫ぶ。
吉川「おまわりさーん、助けて!爆弾です!」
○万世橋警察署・防犯課内/昼
スピーカーから署員に向けた指示音声。
スピーカー音声「現在、GPS爆弾を背負っていると通報してきた人物を、警視庁特別班が東京駅方面から本署区域内へ誘導中。万世橋交差点にて爆弾処理班による作業を開始するとのこと。対応可能な署員は、付近一帯の車両、通行人、住民の移動、誘導をお願いします」
今井「まいったな、こりゃ」
今井が立ち上がり、座ったままの竹内に声をかける。
今井「行くぞ」
竹内「爆弾処理って、マニュアルに書いてた、あれですかね?」
竹内がゆっくりと立ち上がる。
○万世橋交差点付近/昼
防護服の爆弾処理班、防弾仕様のライトバンなど爆弾処理の準備をする処理班たち。
竹内が警察手帳を見せながら近づき、ライトバンの車体を見ている。
竹内「すみません、確認したい点があるんですが、指揮官いらっしゃいますか?」
処理班スタッフ「用件は何ですか?」
竹内「ここでの処理方法なんですけど、マニュアルに書かれてた方法ですか?」
処理班スタッフ「そうです」
竹内「爆弾にセットされたGPSは確認はしたんですか?」
処理班スタッフ「どういうことですか?」
竹内「ライトバンに乗せて走りながら爆弾処理をするんですよね。アイデアはいいと思うんですけど、GPSの性能によっては、屋根があるとGPSの電波を遮られてしまうこともあると思うんですよ。あの車、防弾仕様で装甲厚くなってますし」
処理班スタッフが車の方を見て、指揮官を呼びに行く。
指揮官の佐々木道夫(48歳)が竹内の方へ来る。
佐々木「爆弾処理、指揮担当の佐々木です」
竹内「万世橋警察署、防犯課の竹内です」
佐々木「GPSの性能の話、本当に、そういうケースがあるのかな?」
竹内「あります。どういうGPS機器なのか確認しておいた方がいいと思います」
佐々木「本部と被害者は電話で連絡とれるらしいから、確認しよう」
佐々木がライトバンの運転席に乗り込み、無線で話をしている。
通りの向こうから、通行人に避難を命じるパトカーの姿が見える。
竹内「時間ないな」
佐々木が戻ってくる。
佐々木「GPSの種類は確認できないな。ただ、爆弾をセットされた時に、ビルの陰や地下に入り込まないよう言われたそうだ」
竹内がライトバンを見る。
竹内「危ないですね」
佐々木「まいったな・・・、上がオープンになってる車両だったらいいのか?」
竹内「いや、車、バイクは危ないですよ、走れる道が限られてますし、しかも、この交通規制で、どこで渋滞に巻き込まれるかわからないです」
吉川を誘導するパトカーの音が、徐々に大きく聞こえてくる。
竹内「そろそろ来ますね、被害者」
佐々木が腕組みをして、ため息をつく。
竹内が道具を用意している処理班スタッフの方へ走る。
竹内「すみません、それ、借りてもいいですか?」
竹内はニッパーを手にして、近くに駐輪していたママチャリの方へ向かう。
竹内がママチャリのチェーン錠をニッパーで切り、ママチャリに乗り、吉川の方へ走り出すが、すぐに引き返して来る。
竹内「佐々木警視、荒川の方なら高い建物もないんで、そっち方面に行ってみます。あとは走りながら考えましょう」
佐々木「待て!自転車に乗せるつもりか?」
竹内「そうです、後ろに乗せます」
佐々木「作戦を決めるまで動くな」
竹内「もう時間がないんですよ!」
竹内が吉川の方へ自転車を走らせる。
佐々木は真剣な表情で竹内の遠ざかる後ろ姿を見ている。
佐々木が深く息を吐く。
佐々木が車両に乗り込み、無線機で警視庁本部へ話しかける。
佐々木「爆弾処理班の佐々木です」
無線機の声「こちら本部、準備の状況は?」
佐々木「現場判断で処理方法を変更します」
無線機の声「説明お願いします」
佐々木「万世橋警察署の竹内という人物が自転車で被害者をピックアップします」
無線機の声「え?」
○大通り/昼
吉川から100メートル以上前方を走る警察の車両隊をかきわけるように、ママチャリに乗った竹内が現れ、吉川の方へ走って行く。
竹内が吉川とすれ違いながら吉川に話しかける。
竹内「Uターンするから、そのまま走ってて」
竹内がUターンして戻ってきて、吉川と併走する。
竹内「走りながら後ろに乗る、できる?」
吉川がふらつきながら、ママチャリの後ろの席に乗ろうとする。
竹内がバランスを崩し、倒れそうになる。
竹内「頼むよ!俺の命もかかってんだから」
吉川が後ろの席に乗る。
竹内「よし!」
吉川は息を切らしながら、竹内にしがみつく。
竹内の頭部にはヘッドフォンマイクがセットされている。
竹内が電話の着信にヘッドフォンマイクで応答する。電話の相手は佐々木。
佐々木「よくやったな。被害者は状態は?」
竹内「飲み物、用意できませんかね。相当疲れてます」
佐々木「荒川の競技場を確保できた。そこで周回するというのは、どうだ?」
竹内「それ名案ですよ」
佐々木「信号待ちのでないように交通封鎖をかけるから、誘導の指示に従ってくれ」
竹内「坂道のないルートでお願いします。これで坂を上るのは、結構きついです」
佐々木「わかった。頑張ってくれ」
○住宅街道路/昼
竹内の自転車が住宅街の通りを走っている。
竹内が後ろの吉川に話しかける。
竹内「一息ついた?」
吉川は心ここにあらずといった表情。
竹内「どのくらい走ってた?」
吉川「わかりません」
竹内「どこから?」
吉川「東京駅から」
竹内「リュックは、そこで?」
吉川「あ、おみやげ」
竹内「なに?」
吉川「おみやげ置いたままに」
竹内「東京駅に?」
吉川「八重洲口のトイレに、娘に渡すおみやげ、戻って下さい」
竹内「大丈夫、警察が捜すから、落ち着いて。ゆっくり説明してみようか。背中のリュックは東京駅で背負わされた?」
吉川「そのトイレです」
竹内「そう、八重洲口のトイレだな」
吉川「用をたしてたら背中に」
竹内「セットされた?」
吉川「助かるんですか?この爆弾」
竹内「待って、まだ爆弾と決まったわけじゃない。どうして爆弾とわかる?」
吉川「紙に書いて…。娘に会いたいんです、会いに来たんです」
竹内「落ち着け、落ち着け。俺のポケットの携帯を取り出して、最後の着信相手にリダイヤルしてくれ。娘さんのおみやげを確保してもらうから、な?」
吉川が竹内の上着のポケットから携帯を取り出し発信する。
携帯が着信し、ヘッドフォンマイクで竹内が通話する。
竹内「佐々木さん?竹内です」
佐々木の音声「どうした?」
竹内「東京駅の(吉川に)八重洲口?」
吉川「はい」
竹内「東京駅の八重洲口のトイレ」
吉川「改札を出たところにあるトイレです」
竹内「改札出たところにある公衆便所に、被害者の荷物が置きっぱなしだそうです。それ保管するようにお願いできますか?」
佐々木の声「了解」
吉川「手提げが2袋です」
竹内「手提げが2袋。あと、その便所、調べてますか?」
佐々木の声「特に情報は来てないが」
竹内「そこで爆弾をセットされたらしいですよ、証拠が残ってるかもしれないですから、鑑識を派遣した方が良いと思います」
佐々木の声「わかった、伝えておく」
竹内「また情報あれば連絡します」
竹内が通話を切る。
竹内「旅行の帰り?」
吉川は答えない。
竹内「おみやげって、出張とか?」
吉川「いえ」
吉川は無言。
竹内「悪いこと聞いたかな?」
吉川「別れた妻が娘を引き取ってて。娘に会いに来たんです」
竹内「ごめん」
吉川「いいんです。久しぶりに東京に出てきたところで、こんなことになって」
竹内「娘さん、どこに住んでんの?」
吉川「埼玉、大宮です」
竹内「爆弾処理が終われば、会いに行けるよ」
吉川「できると思います?」
竹内「心配するな、大丈夫」
吉川「刑事さん、家族は?」
竹内「ん?独身」
吉川「両親います?」
竹内「ああ、二人とも生きてる」
吉川「俺、降ろして下さい。走ります」
竹内「なんだよ」
吉川「親から見たら子供って生き甲斐なんですよ。俺のせいで、刑事さんの両親を悲しませたくないんです」
竹内「人様の役に立って死んだなら親も喜んでくれるよ」
吉川「そんな親いませんよ。親だったら子供には、どんなことをしても生き延びて欲しいと思うもんです」
竹内「子供だって親が死んだら悲しむだろ。とにかく生き延びて、娘さんに会うように頑張ろうぜ」
吉川「そうだ」
竹内「どした?」
吉川「走り出すんじゃなくて、刑事さんが降りればいいんだ。その後、自分が前に移る」
竹内「なに言ってんだ、警察が助けるって」
吉川「でも…」
竹内「でも、なんだよ」
吉川「走り始めた時、スマホで連絡とってたんですよ」
竹内「捜査本部とだろ」
吉川「でも途中で電池がなくなってきて、気づいたんです、リュックの中のGPSも電池で動いてるんでしょ。いくら犯人の指示通りに動いたって、電池がなくなれば爆発するんじゃないですか?」
少しの間が空く。
竹内「電話と違うんだ、そう簡単に電池なくなるわけないだろ」(終盤部・追加予定)