感染症
○病院診察室内/昼
眼科診察室。
医師の三浦(42歳)と患者の近藤保(35歳)が話をしている。
三浦「近藤さんは中国で起きてる感染症の話は聞いてますか?」
近藤「目の病気らしいですよね」
三浦「ウィルスです。体内に入り込んだウィルスが眼球の水晶体に付着して増殖する感染症です」
近藤「人が死ぬような病気じゃないんでしょう?」
三浦「人命は奪いはしませんが、ウィルスの増殖が止まるプロセスは一つしか判明してないんです」
近藤「薬ですか?」
三浦「感染して1週間ほど経つと、大きく真っ赤に膨れ上がった眼球が破裂する、ウィルスの増殖を止まるのは、その時です」
○中国の地方都市/昼
ビデオカメラが撮影した町中の映像。
目から血を流しながら、手で前を確かめながら歩いている人。
眼球を失い、地面を這って進む人々。
三浦の声「治療に当たった医師やウィルスの研究者は、ことごとく感染して失明しているため、全く治療法が見つかっていないようです。おそらく感染率は100%でしょう」
眼球を失った者たちが店内の食べ物らしき物(目が見えないのでわからない)を奪い合っている。地面に落ちている物の臭いを嗅いで口に入れる人々。
三浦の声「政府はパニックを恐れて情報を止めています。全ての住民が視力を失った町で、生きのびることはできないでしょう。生活なんてできない、そこが死の町になるのは時間の問題です」
近藤の声「救助は来ないのですか?」
三浦の声「救助隊がウィルスを他の町に運ぶことになります。爆発的に広がっている原因です」
近藤の声「今、中国はどうなってるんですか?」
三浦の声「上海と周辺の3つの省は完全封鎖されるそうです」
○病院診察室内/昼
近藤「本当ですか?」
三浦「眼科医に伝わっている話です。目の感染症ですからね」
三浦が大きく深呼吸をする。
三浦「近藤さん、実は、うちに来た患者さんに、その感染症の症状の方がいたんです」
近藤「え?」
三浦「赤く腫れ上がっていました。もう、この町は手遅れでしょう」
近藤「ちょっと先生!」
三浦「なぜ近藤さんに伝えたかというと、理由がありまして」
○町中/昼
町中の歩道。
学校帰りの小学生たちが、はしゃぎながら歩いている。
小学生の一人が近藤とぶつかる。
近藤は白い杖を持って前を確かめながら歩いてる。
近藤が盲人であることが分かる。
小学生「すみませーん」
三浦の声「ウィルスが増殖すると眼球の圧力が高まります。圧迫されることで視神経の接触が高まり、一瞬の間だけ、近藤さんの視力が戻ることがあります」
○スーパーマーケット店内/朝
テロップ「五日後」
赤い目をした住民たちが缶詰などの食料品を奪い合っている。
○市営アパート外観/朝
○市営アパート・近藤宅前/朝
玄関の郵便受けには近藤保と由香里の2名の文字。
○近藤宅内/朝
朝食の片づけをしている近藤に由香里(9歳)が話しかける。
由香里「お父さん、目が痛いんだけど」
近藤の手が止まる。
近藤「鏡で目を見てごらん」
由香里が洗面所の鏡の方へ向かう。
由香里の声「あかーい」
近藤「由香里、ちょっと来て」
由香里が戻ってくる。
近藤「お父さんの目は」
近藤が目を開くと、赤みを帯びている。
由香里「父さんも赤いよ」
近藤「由香里、公園に行こうか」
由香里「なんで?」
近藤「子供の頃、良く行っただろ」
由香里「行ったけど」
近藤「久しぶりに行ってみよう、想い出の場所に」
由香里「うん」
近藤「お母さんも一緒に」
部屋の隅に仏壇が置かれている。
○公園/昼
近藤と由香里が芝生の上に座っている。公園には近藤と由香里しかいない。
近藤「最後に来たのは、いつだったけ」
由香里「お母さんが、元気な頃。楽しかった」
近藤「この景色、ちゃんと覚えとくんだぞ」
由香里「今日、太陽が赤くて気持ち悪いね」
近藤「由香里、こっちを見て」
由香里が近藤を見る。
近藤「お父さんの顔、忘れないでくれな」
由香里「なんで?」
近藤「お母さんいる?」
由香里は母親の写真を手にしている。
由香里「持ってきたよ」
近藤「お母さんの顔も・・・」
近藤が目を押さえ顔を伏せる。
由香里「どうしたの?」
近藤が顔を伏せたまま答える。
近藤「大丈夫」
しばらくして近藤が光を遮るように手を目の上に当てながら、ゆっくりと顔を上げる。
近藤「由香里」
由香里「なに?」
近藤が由香里の顔や頭を触る。
由香里が笑う。
由香里「やめてよ、気持ち悪い、ハハ」
近藤が由香里が持っていた写真を見つけ、手に持つ。
近藤が写真と由香里を見比べている。
近藤「みんなの顔、忘れないから」