国民栄誉賞
○アパート外観/夕方
下町にある築30年以上の二階建て木造アパート。
○アパート室内/夕方
二間ほどの間取りの室内。
テレビのある部屋で杉田正二(78歳)がテレビ番組を見ている。番組は国民栄誉賞を受賞した長嶋茂雄の足跡を伝える番組。
外の廊下を歩く音がして、アパートのドアが開く。
高橋佳代(71歳)が入ってくる。
佳代「ラーメンが安い時に限って、野菜が高いから。ラーメンだけだけど、いいよね」
杉田はテレビから目を離さない。
佳代「なんのテレビ?長嶋?珍しいね、あんた嫌いなんだろ、野球」
××× 回想・昭和25年 ×××
○中学校グランド/昼
野球部が練習試合をしている。
バッターボックスの杉田正二(14歳)が打者一掃の三塁打を放つ。
杉田が三塁ベース上で腕組みをしている。
審判「ストライク!バッターアウト。スリーアウト・チェンジ!」
杉田がベンチに戻ってくる。
選手Aが杉田に声をかける。
A「三塁打、うまく打ったね」
杉田「後ろが、高橋とか長嶋とか、打てない奴らだから、俺が打っとかないとね」
A「さすが、エースで四番、言うことが違う」
ベンチの前の長嶋茂雄(14歳)が軽く頭を下げる。
杉田「最後守ってくぞ」
選手たち「おう」
○中学校グラウンド/夕方
杉田が帰り支度をしている。
長嶋が杉田の近くで立っている。
杉田が長嶋に気づく。
杉田「なんだ、長嶋?」
長嶋「先輩、どうしたら、あんな風に打てるんですか?」
杉田「コツ?」
長嶋「教えて下さい」
杉田「教えて上手くなるなら誰だって打てるよ、結局、才能だよ、才能」
長嶋「先輩みたいなバッターになりたいんです」
杉田「お前にゃ無理だね、才能がない」
長嶋「バッティング、見てもらえますか?」
長嶋がバットを手にして構える。
杉田「まず構えが悪い。そのまま振ってみな」
長嶋がバットを振る。
杉田「脇をもっとギュッと締めてさぁ(レッスン続く)・・・」
○中学校・校門/朝
「卒業式」の板が出ている。
○中学グラウンド/昼
長嶋たち在校生部員を前に杉田たちら卒業生部員たちが「じゃあな」等の声をかけ立ち去る。
杉田の後を長嶋が走ってくる。
長嶋「杉田先輩!」
杉田が振り返る。
杉田「どうした」
長嶋「先輩、東京で野球はやんないんですか?」
杉田「工場に野球チームがあれば入ろうかと思ってるけど」
長嶋「もったいないですよ、先輩の才能」
杉田「高校行けるくらい、家が裕福なら野球をやりたかったけど、そうは言ってらんねぇよ、まずは仕事だ」
長嶋「見てもらえますか?」
長嶋が手にしたバットを構え、すぃんぐする。
杉田「それじゃ内側の球が打てない。肘の使い方がダメだ。俺が四番なら、お前はまだ七番か八番だよ」
長嶋「ありがとうございます」
杉田「野球もいいけど、勉強しとけ、野球なんかやってても食ってけねぇぞ」
長嶋「はい」
杉田「じゃぁな」
長嶋が深々と礼をする。
××× 回想・昭和38年 ×××
○工場街/昼
町工場の作業音が響く町。
作業着姿の工員たち行き交う。
○定食屋/夜
工場街の近くの定食屋。
作業着のまま工員たちが店に入ってくる。
客たちはテレビの前に群がっている。テレビは巨人対阪神のプロ野球中継。
奥の方から男の怒鳴り声がする。
男「やめろ!変えろ!野球なんて見たくもねぇ!プロレスやってねぇのか!」
テレビを見ている客が話をする。
客1「杉田の野郎、また酔っぱらいやがったな」
客2「野球の文句が始まっちまった」
客1「あいつは巨人に恨みでもあんんのかよ」
男が「チャンネルを変えろ」と怒鳴っている。
客3「うっせぇぞ!」
怒鳴っていた男が立ち上がる。
男は杉田正二(28歳)である。
杉田「なんだとぉ」
杉田は歩いて客3の方へ歩いてくるが、左足を引きずっている。
テレビの前の峰山健吉(29歳)が杉田に話かける。
峰山「杉ちゃん、飯食ったろ、次、行こう、次。(店員に)勘定、置いとくよ、二人分」
峰山はテーブルに金を置き、杉田を抱えて店を出る。
客1「偉いね、峰山は」
客2「責任感じてんだよ。酒飲むボロボロ泣くんだよな。杉田がビッコになったのは俺のせいだって」
○公園/夜
杉田と峰山が歩いている。
酒に酔った杉田の肩を峰山が抱えている。
杉田「バカ野郎、ちくしょう」
峰山「杉ちゃん、頭冷やそう」
杉田「なにが巨人だよ、ふざけんじゃねぇぞ」
杉田が足下に落ちている小石を掴んで投げる。
小石が公園の街灯に当たり「カツン」という音が響く。
杉田が続けて石を5つ投げる。
そのうち3つが街灯に当たった音がする。
峰山「杉ちゃん、野球、本当は好きなんだろ?」
足下に石が無くなった杉田は、砂を掴んで投げる。
峰山「すまない、俺のせいで野球も出来ない足になっちまって」」
杉田「関係ねぇよ!びっこ引く前から、野球なんてできなかった」
峰山「ごめんな、杉ちゃん、ごめん」
峰山の目から涙がこぼれる。
杉田「ちくしょう!」
峰山「ゆるしてくれ」
杉田「違う、あんたのことを恨んでるんじゃねぇよ!俺が恨んでるのは俺の運命だよ、神様だ、バカ野郎!」
杉田が空に向かって砂を投げる。
××× 回想・終わり ×××
○アパート室内/夕方
杉田がテレビを見ている。
佳代は買い物の片づけをしている。
杉田「お互い年とったな」
佳代「なんだって?」
杉田「ん?」
佳代「ボケると好き嫌いがなくなるっていうじゃない、いやだよ、ボケられたりしたら」
杉田はテレビから目を離さない。
杉田「嫌いじゃなかったよ、昔から」
杉田はテレビを見ながら、わずかに微笑む。