「くまもん」と「りす太」
○熊本市内/昼
○イベント会場/昼
繁華街の広場で行われている「くまもとワンダーフェスティバル」会場。
中央のステージに、くまもんが登壇。
客席の子供や女性が大喜び、歓声が沸き起こる。
客A「かわいいー!
客B「くまもん、こっち向いて!」
歓声に応えるくまもんの動作に、また歓声が起きる。
○ビル裏/昼
陽の当たらないビル裏。
イベント会場の音が聞こえている。
薄汚れたキャラクターがビル陰からイベント会場の様子を覗いている。
ゴミや毛玉で汚れたキャラクターの左半分は、中の人が剥き出しになっている。
キャラクターは瓶を手にしている。
キャラクターの鼓動の音が聞こえてくる。
○イベント会場/昼
ステージ上でくまもんのショーが続いている。
遠くから手に瓶を持ったキャラクターが走ってくる。
××× 回想 ×××
○町議会/昼
議長Aが採決結果を発表している。
議長A「ゆるキャラ・プロジェクト、賛成多数で可決とします」
拍手をする議員たち。
キャラクター(心の声)「わしだって、くまもんみたいになりとうて、世に生まれてきたんじゃ」
○きぐるみ工房/昼
きぐるみの制作を行っている工房内。
職人たちがキャラクターのパーツを少しずつ作っている。
キャラクター(心の声)「あれさえなければ、今頃は、町おこしのイベントで全国に駆け回ってたはず」
○町議会/昼
前回とは違う議長Bが議題を説明している。
議長B「町村統合に伴い、進行中の案件の見直し決議を行います」
キャラクター(心の声)「周りにあった、いくつかの町や村が合併したんや。合併前の町が進めとった、ゆるキャラプロジェクトが止まった」
○きぐるみ工房/昼
全くの未完成のまま、中の人が剥き出しになったキャラクターが職人Aに話かけている。
キャラクター「お願いします、わしを最後まで作って下さい」
職人A「作ろうにも、制作費も止められたし」
キャラクター「ゆるキャラになれば、ショーでも見せ物でも何でも出ます。それでお金は支払いますんで。たのんます、お願いです」
職人A「でも権利上の問題もあってよ、これ以上、勝手には作れんのよ」
キャラクター「わしは、どうなるんです。こんな中途半端なみてくれで、どうやって生きていけばいいんです」
職人A「廃棄やね、悪いけど。業者の手配も済んどるし」
キャラクターの動きが止まる。
工房の奥から職人Bの声。
職人Bの声「こっちの猿は、いつ納品じゃったかのう」
職人Aが工房の奥の方へ向かって歩いていく。
職人A「それは、そんなに急がんでもええよ、それよりも向こうの魚を」
ガラガラとドアが開く音。
職人Aが振り向くと、キャラクターの姿がなく、ドアが開きっぱなし。
職人A「おい、待て!」
○工房外の道路/昼
キャラクターが猛スピードで駆けている。
キャラクター(心の声)「ゆるキャラになったる、皆に愛されるゆるキャラに」
○保育園/朝
保育園の広場で遊んでいる園児たち。
保育園外の物陰からキャラクターの体の一部が見え隠れする。
園児の一人が、キャラクターに気づき、徐々に近づく。
キャラクターがポーズを取って愛想を振りまく。
園児の顔が笑顔になる。
他の園児たちもキャラクターに気づき、近づいてくる。
物陰からキャラクターが飛び出し、全身があらわになる。
園児たちの顔から笑顔が消える。
楽しげなポーズを取りながら園児たちに近づくキャラクター。
後ずさりする園児たち。
園児たちは「怖い」、「あっち行け」などの声を上げ始める。
楽しげなポーズを取りながら前進するキャラクター。
園児たちが泣きだし、悲鳴を上げる。
保育士たちが走ってくる。
保育士「(園児たちに)お部屋に戻って、早く。(キャラクターに)これ以上、保育園に近づかないで下さい、通報しますよ」
キャラクター「そんなつもりじゃ・・・」
保育士に抱えられた園児が叫ぶ。
園児「ばけものー」
キャラクターが可愛いポーズを取りながら応える。
キャラクター「ばけものじゃないよ」
○市街地/夜
人気のない夜の街。
キャラクターは段ボールハウスを寝床にしている。
キャラクターは月明かりの中、拾ってきた雑誌に目を通している。
雑誌にはくまもんの特集。
キャラクター(心の声)「こいつさえ消えてくれれば、わしだって」
××× 回想ここまで ×××
○イベント会場/昼
走り込んで来たキャラクターがステージに乱入する。
キャラクターは手に持っていた瓶の中の液体をくまもんに浴びせる。
くまもんの体が煙を上げて焦げていく。くまもんが膝から崩れ落ちる。
観客たちの悲鳴、絶叫。
観客A「くまもん!大丈夫ー?」
観客B「頑張れ!」
観客たちはキャラクターに罵声を浴びせ始める。
観客C「消えろ、ばけもの!」
観客D「警察呼んで!」
ステージ上で呆然としているキャラクター。
○ごみ焼却施設/夜
目隠しをされ、胴体を縄で縛られたキャラクターが歩いている。
キャラクターの後ろから係員が続く。
係員「はい、そのまま進んで」
キャラクターは、巨大な集積場の奈落に落ちる淵に向かって歩いてる。
キャラクターが、あと2、3歩で集積場に落ちるという時に、呼び止める声がする。
くまもん「待って!止めて!」
係員が振り向くと、包帯姿のくまもん。
係員はキャラクターに結んでいた縄を引っ張る。
キャラクターが、淵ぎりぎりで立ち止まる。
くまもんは、キャラクターに歩み寄り、目隠しをとる。
キャラクター「くまもん」
くまもんが係員に話しかける。
くまもん「僕らだけにしてもらえますか?」
係員が席を外す。
くまもんとキャラクターが二人きりになる。
キャラクター「すみませんでした」
くまもん「なんて名前?」
キャラクター「名前はないです。まだ出来てないですから」
くまもんがキャラクターの全身を見る。
くまもん「何の動物が元になってるキャラクターなのかな」
くまもん「半分しかできてないんで、自分でもよく分からんです」
くまもん「それさえ分かれば、残りの部分も作れるんだよね」
キャラクター「え?」
くまもん「やりなおしてみない?」
キャラクターが、きょとんとする。
キャラクター「もう、いいです。その気持ちだけでいっぱいです」
くまもん「一緒にステージ立とうよ。そうすれば、今、人生がうまくいってない人に勇気を届けられると思うんだ」
キャラクター「ありがたいですけど・・・無理と思います。お客さんが許さないです」
くまもん「大丈夫だって、人生はやり直せる、君が伝えなきゃいけないメッセージはそれだよ!」
キャラクター「(涙声)ありがとうございます」
キャラクターが土下座の体勢をとるとした瞬間、淵に足を滑らせる。
くまもんが叫ぶ。
くまもい「あー!」
キャラクターが集積場の奈落へ落ちていく。
キャラクターが集積場の床へ叩きつけられる「バタン」という音がする。
○病室/朝
××× 自分目線の映像 ×××
薄暗い視界。
くまもんの声「気分はどうだい」
目の前の視界が明るくなり、朝日が射し込む。
目の前には、くまもんがいる。
くまもん「鏡を見てごらん」
くまもんが(自分に)鏡を手渡す。
鏡に映る自分はリスのキャラクター。
××× 自分目線の映像終了 ×××
ベッドの上に胴体を包帯にくるまれたキャラクターが横たわっている。
キャラクターの頭部はリス。
看護婦がキャラクターの胴体の包帯を外していく。
包帯の下から、全身が綺麗に着ぐるみになっている姿が現れる。
キャラクターは自分の体を確かめるように触る。
くまもん「君はリスのゆるキャラだったんだよ、名前は”りす太”、人生をリスタートするから”りす太”」
りす太「やりなおせるんですね」
くまもん「ああ、誰だってチャンスはあるんだよ」
りす太のすすり泣く声。
りす太がくまもんの手を両手で握りしめる。