優越性の科学
○研究施設・大ホール前/昼
入り口に「記念講演・優越性に関する大脳生理学的なメカニズムについて 広重昭典教授」という案内板が掲示されている。
○研究施設・大ホール内/昼
広重昭典(52歳)が講演を行っている。
広重は色白で細身の温厚そうな研究者然とした男、講演の口調も気弱さが滲み出ている。
広重「・・・これらを実証した結果、他者に対して感じる優越性というものが、大脳の器官から生じる生理現象であることが証明されたわけです」
広重が軽く礼をする。
会場から拍手。
○研究施設・広重研究室/昼
広重が科学雑誌の女性記者・近藤真美(28歳)と話をしている。
真美「先ほどの講演、分かりやすくて良かったですね」
広重「いえ、そんな」
広重が恐縮しながら、ペットボトルのお茶を飲む。
真美「ウチの雑誌でも講演会を主催するときに」
コンコンとドアをノックする音。
ドアが開き、製薬会社の錦織武(45歳)が顔を出す。
錦織「すみません、先生、少し、よろしいでしょうか」
真美「(広重に)あ、私は用件が済みましたので」
広重「(真美に)はい、すみませんね。(錦織に)ちょっと、そのままお待ちください」
真美がバックを手に持ち席を立つ・
真美「では、失礼します」
真美が出ていく。
錦織「(真美に)バタバタさせちゃって、すみません」
錦織が広重の前の椅子に座る。
錦織「講演会はお疲れさまでした」
広重「人前に出るのは苦手ですから、うまく説明できたどうか」
錦織「いやいや、充分ですよ。会場の人間にゃ、わかりっこないんですから」
広重が苦笑いをする。
錦織「(小声で)でですね、臨床試験の結果は良好です。もう少し実証例を集められれば、先にドイツとカナダで処方箋薬として申請が出せそうです」
広重「急いで認可をもらうことよりも、安全性の方が大事ですから、念には念を。私は認可まで10年、20年かかっても良いと思ってますから」
錦織「そんなこと言ってたら、先生の手柄も後回しになりますよ」
広重「いいんです、手柄とか名誉とか。研究さえできれば」
錦織「優越性の研究をしてる先生が、そんなに謙虚でどうすんですか。医学史に残る発見をした先生なですよ、もっと威張って、優越性ですよ」
広重「そんな、やめてください」
広重が照れる。
錦織「ペットボトルはやめましょ、秘書を雇って、エスプレッソ煎れさせましょ、美人秘書のエスプレッソ」
広重は苦笑い。
○受賞式(写真)
広重が受賞の盾を手にして微笑んでいる。
○雑誌記事
雑誌内の「世界を変える10人」という記事。「優越感をコントロールする薬で統合失調症の完全治療へ」という見出しとともに広重が紹介されている。
○新聞記事
納税番付の記事に「医学界から広重教授 製薬特許で莫大な利益」等の紹介文。
○六本木ヒルズ・フロア案内
各フロアの入居者が記載された案内板。
最上階に「広重ラボ」の文字。
○広重ラボ 応接室内・昼
広く高級感あふれる応接室。
室内に飾られる豪華な調度品。
壁には表彰状や盾の数々が並ぶ。
広重はソファに腰掛け、向かいに座る真美と話をしている。
テーブルの上には高価そうな陶器に注がれたエスプレッソ。
広重の隣には美人秘書(26歳)が座り、広重は秘書の腰に手を回している。
真美はメモを手にしながら話している。
真美「では、今の話をこちらでまとめます。原稿はメールしますので、ご確認ください」
真美はICレコーダーのスイッチを切り、帰り支度をする。
秘書「先生、あの件?」
広重「(秘書に)しばらく様子見でいいんじゃないのかな」
真美「どうされました?」
広重「いや、なんでもない」
秘書「もう、先生」
広重「(真美に)う〜ん、私も前と違ってテレビやら講演会やらで忙しくなってね、時間を管理する秘書としても、毎月のこうやって取材の時間を作るのが」
真美「難しい状態という」
広重「手短にいえば、そう。でも、私は研究者時代からよくしてもらった雑誌だし、できるだけ続けたいとは思ってるんだが」
秘書が真美に微笑む。
真美「でしたら、その話、私の方から編集長に伝えておきますので・・・」
広重「私のページは人気があるんだろ」
真美「ええ」
広重「だったら、連載をどうするかは真美ちゃん次第だ」
真美「どういうことですか?」
広重「今、ここで、秘書の見ている前で私を罵倒したまえ」
真美「はい?」
広重「最近、思うんだ、成功者になると、どこかでバランスをとりたくなる」
秘書「(真美に)先生の新しい研究テーマです」
真美「私には、理解できないかもしれません」
広重「それだ、そういう態度がいいんだ」
真美「すみません、失礼させていただきます」
広重がドアの方へ先回りし、真美が出ていくのを制止する。
真美「最近、どうしちゃったんですか?あの言いたくはないんですけど、学会でも話題になってます、ちょっとおかしいって」
広重「仕方がない、これだけの業績を残した男だ。むしろ、私のことをおかしいと思っている一般市民たちの方がおかしい」
秘書が真美に近づいてくる。
秘書は歩きながらスーツを脱ぎ、シャツのボタンを一つ一つ外していく。
真美「もう、いやです!」
真美は広重を突き飛ばし、走り出ていく。
床に尻をついている広重の隣に秘書が座る。
広重は秘書を引き寄せながら、声を出して笑い始める。
○パーティ会場/深夜
いかがわしい雰囲気のパーティ会場。
女装した広重が、ブリーフにネクタイ姿の錦織を踏みつけている。
○倉庫内/夜
広い倉庫の中。
タキシード姿の広重とドレス姿の秘書が椅子にもたれシャンペンを飲んでいる。
二人の周りには屈強なセキュリティたち。
二人の前に鼻血を出した痣だらけの男性(アジア系)が現れる。
男性は原形がわからない程、顔を腫らした男性(白人)の髪を掴んで、引きずっている。
広重は軽く拍手をして、ポケットから札束を男性に投げる。
男性は深くお辞儀をして金を受け取り、去っていく。
広重の前には金網のリングがおかれている。
次の闘いに挑む選手たちが両サイドに控えている。
広重が立ち上がり金網のリングに入って行く。
リングサイドにいた筋骨隆々の巨漢男(黒人)に向かって、「来い」と合図をする。
巨漢男もリングに入るが、「やめてくれ」というオーバージェスチャーで闘おうとしない。
広重は、怯えたジェスチャーをする巨漢男にステップを踏みながらパンチやキックを放つ。
「ノー、ノー」と土下座する巨漢男。
その時、バチッという音と共に照明が消える。
○病院内廊下/昼
○病室内/昼
個室の病室。
広重がベットに横になっている。
室内には女医と看護婦が検診に来ている。
広重が目を覚ます。
女医が広重が目覚めたことに気づく。
女医「教授、お気づきですか?」
広重「ここは、いったい・・・」
女医「これからは、自分で作ったお薬を自分で試されるなんて、バカな真似はなさらないように」
広重「薬って・・・?」
女医「覚えてないんですか、優越感の研究」
広重「あぁ、私の研究」
女医「優越感を自由に操れるお薬」
広重「そうだ、その薬」
広重が辺りを見回す。
広重「秘書は、秘書はどこですか?」
看護婦が微笑む。
女医「心のお薬がどう効いてるかは本人以外には分からないですからね」
広重の動きが止まり、何かを考える。
広重「幻覚?」
看護婦が微笑む。
広重「どこまでが幻覚だ?リング?錦織は、錦織はどこだ?真美ちゃん?」
女医「思い出すのは退院してからにしましょう、まずは安静に」
広重「いや待て、特許料・・・確かに薬は開発した・・・(看護婦に)そうですよね」
看護婦が微笑む。
広重の鼻息が荒くなる。
広重「(女医に)優越感の研究を発表したのは本当でしょ?」
女医「ちょっと休みましょう」
看護婦が薬を手にする。
広重「答えてくれ、私は研究者、世界的な発表を残した研究者、そうだろ!」
女医と看護婦が目を合わせ、微笑む。