なりすまし
○片山宅外観/昼
市街地のマンション外観。
○片山宅内/昼
1LDKのリビング、シンプルな家財道具、きれいに片づけられた室内。
好青年風の片山(30歳)とスーツ姿の野口(48歳)が話をしている。
二人が向き合って座るソファーの間のテーブルの上には紙資料が並べられている。
片山「資料チェックして、訂正したい点があれば、連絡します」
野口「わかった」
片山は資料を手にとりながら話を続ける。
片山「この絵は誰が描いたんですか?」
野口「原西次官だ」
片山「案件は伝わってますか?」
野口「君島局長と原西次官と私と君、合計4人」
片山「面倒おかけします」
野口「心配するな、前の時と同じ段取りになっている」
片山「ぜひホシをあげてください」
片山が野口を見つめる。
○ワイドショー番組映像
なりすまし事件の容疑者逮捕を伝えるている。
キャスター「片山容疑者は、以前、インターネットの掲示板で殺人予告を書き込み懲役2年の実刑判決を受けたことがあり・・・(事件を伝える報道続く)」
連行される片山容疑者の映像。
ボサボサの髪型の不審人物風だが、野口と話をしていた片山と同一人物である。
コメンテイター「前回も執行猶予なしで実刑だったわけでしょ、今回はもっと重い罰を与えられることも考えられますから・・・(続く)」
○警察署外観/昼
○警察署内/昼
野口が廊下を歩いている。野口の後ろに制服姿の警官が数名続く。
廊下の先にいる制服姿の署長が敬礼をして、野口に声をかける。
署長「警視正、ご足労ありがとうございます」
野口「気を使わなくてもいい。警察の威信がかかってる、自分の目で確かめておきたい」
署長は野口たちを奥へと案内する。
刑事の村上(27歳)が遠くから野口たちのやりとりを見ている。
○警察署・取調室内/昼
署長に案内されて野口が取調室に入ってくる。
署長「野口警視正が君たちにハッパをかけにお越しだ」
刑事たちは椅子から立ち上がり敬礼。
片山は椅子に座ったまま。
野口「こんな所い缶詰じゃ、容疑者も息が詰まる。少し外の空気を吸わないか。手錠を」
刑事が片山に手錠をかける。
野口「屋上で二人で話をしよう」
○警察署・屋上/昼
片山と野口が二人。
遠くから署長たちが二人を見ている。
片山「ホシの反応は?」
野口「まだだね」
片山「私の刑が確定しないと動かないんでしょうか?」
野口「だろうな、前のメッセージも冤罪の被害者に対する罪悪感があったし」
片山の視線は遠くを見ている。
野口「刑期が確定したら、しばらく海外に潜んでくれ」
片山「あの・・・漏れてませんか、この件」
野口「どうした?」
片山「怪しい尋問をする刑事がいたんです」
野口「このことを知ったとして、そいつに何の得がある」
片山「さぁ」
○警察署内階段/昼
野口が階段を下りてくる。後をついてくる署長たち。
片山は最高尾で連行されている。
野口「拘留中には口を割らんかもしれんな。弁護人は?」
署長「弁護士会の佐藤という」
野口「人権を盾にされると面倒だな、丁寧な尋問を頼むよ」
署長「わかりました」
○新聞記事
「なりすまし事件、逮捕から2週間、容疑者の黙秘続く」など、捜査の難航を伝える記事。
○警察署内・廊下/昼
村上が一緒に歩いいる刑事に「じゃぁ」という仕草をする。
○警察署内・取調室/昼
片山が一人、机の前の椅子に座っている。
村上がドアを開けて入ってくる。
村上「午後の取り調べを始める」
村上は資料や筆記用具を机に置き、片山と向かい合って座る。
村上「二人だけだ」
片山は村上をじっと見ている。
村上「いくらで頼まれた?」
片山は無視をする。
村上は椅子を片山の隣まで動かし、耳元でささやくように話しかける。
村上「犯人になりすます仕事だろ」
片山が村上の方へ顔を向ける。
村上「前の事件のときも、なりすましか?」
片山は無言のまま、村上を見ている。
村上「銃、クスリで仕込の逮捕はよくある。でも、こんな事件でやるとはな。実刑くらえば、さぞかし儲かるんだろうな」
片山が村上から視線を逸らす。
村上「金を寄越せっていうんじゃない。話してくれ、俺だけに。誰にも言わない。後の取り調べは、最初の筋書き通りに供述すればいい」
片山は机の上の資料、筆記用具を見ている。
村上「県警をなめるな。取り調べ中、自殺する容疑者もいる・・・本当に自殺してると思うか?」
片山は再び村上の方へ顔を向ける。
片山「なにがしたい」
村上「取引だ。上に行きたい、出世したいんだ。この機密を握ってりゃ、いいポストがもらえる」
片山が鼻で笑う。
村上「お前だって、警察の権威を保ために、誰かに雇われた捨て駒だろ、笑うなよ」
片山「出世してどうする?」
村上「とにかく上に行く。給料も上がる、天下りもできる」
片山「ろくでもない警察官だな」
村上「関係ねぇだろ」
片山「俺がなりすましだっていう証拠は?」
村上「ネットに詳しい友人がいてね、奴から聞いてる話と違うんだ。洗ってみると、いくつかおかしな点がある」
片山「俺の何がわかった?」
村上「お前のことはどうでもいい。興味があるのは、依頼者だ。そいつは警察の中にいる、秘密を握れば、うまく利用できる、そうだろ?」
片山が目をそらして鼻で笑う。
村上「野口警視正」
片山が村上の方へゆっくりと顔を向ける。
村上「わざわざ訪ねてくるのは、何かある」
片山「興味は出世だけか?」
村上「ああ」
片山が村上から目をそらす。
片山「残念だな」
村上「どうした?」
片山「取り調べ中に容疑者に自殺されると出世できないだろ」
片山は机の上の筆記用具(ボールペン)を素早く手に取り首を刺す。
片山の首から大量の血が溢れる。
村上「バカやめろ!(外に向かって大声で)誰か!救急車、おい!」
片山は血の海に横たわり、瞳をゆっくりと閉じていく。
***回想***
○会議室内/昼
片山(24歳)と野口(42歳)が同じ方向を向いて並んで立っている。
野口「これは捜査員が犯人になりかわって逮捕されることで、真犯人の手がかりを見つけだす特殊な任務である。本日をもって右の者の警察官としての経歴は一切消去されるが、今後も警察官であることを、この映像が証明する」
片山と野口の1メートル先にビデオカメラが置かれている。
野口がカメラの方まで歩き、録画停止ボタンを押し、テープを取り出す。
野口「辞令のない任務、これが君の任務を証明する唯一の証拠になる、大切に」
野口が片山にテープを渡す。
片山「ありがとうございます」
野口「こちらこそ、すまない、こんな役割を引き受けてくれて」
片山「市民のためになるなら問題ありません」
野口「任務につかないまま年を取ることもある、逆に何度も犯人になることもある、そんな仕事だ」
片山「了解しました」
***回想終わり***
○砂浜/昼
野口が海を見ている。
野口「戻りたいだろ」
海を見ていた片山が野口へ顔を向ける。
片山の首はテーピングされている。
片山「日本のことですか、任務のことですか」
片山と野口の横をタイ人の子供たちが、はしゃぎながら通り過ぎていく。
野口「どちらを選ぶかは君次第だ、傷が治ったら連絡を」
片山「ありがとうございます」
片山が水平線の彼方を見る。
片山「犯人は無事に?」
野口「ああ、自分のせいで君が死んだと信じて自首してきた、順調だ」
片山「たぶん根っからの悪人じゃないんでしょう。あと村上という刑事は・・・」
野口「亡くなったようだ、新しい勤務先で」
片山「自殺ですね」
野口は海を見たまま答えない。
無言のまま海をみている片山と野口。